日本学術振興会

先端科学シンポジウム

FoS Alumni Messages No.20

「FoSと共にあった5年間を振り返って」

遠藤 環

遠藤 環

埼玉大学 大学院人文社会科学研究科 准教授

FoS参加歴:

10th Japanese-German Frontiers of Science (JGFoS) symposium 参加研究者
11th Japanese-German Frontiers of Science (JGFoS) symposium PGM
12th Japanese-German Frontiers of Science (JGFoS) symposium PGM
13th Japanese-German Frontiers of Science (JGFoS) symposium PGM
Japanese-Canadadian Frontiers of Science (JCFoS) symposium PGM

   最初のFoS体験は、京都で開催された2013年の日独先端科学(JGFoS)シンポジウムへの参加であった(参加研究者)。その後、社会科学担当の企画委員(PGM: Planning Group Member)として、JGFoSに3回、日加先端科学(JCFoS)シンポジウムに1回、関わってきた。意外に聞こえるかもしれないが、この5年間はFoSのおかげでとても充実していたし、一年の中で最も楽しみな仕事の一つであった。
   ある日突然、理系・文系の複数分野が集う国際会議に4日ほど、ホテルに缶詰で参加できるかと言われたら多くの人は一瞬躊躇するだろう。研究の先端を走る研究者の日々は多忙で、できるだけ余計なことをしたくないと感じている人もいるだろう。私自身はあまり深く考えず、「どんな会議かよく分からないけれど参加してしまおう」と即断してしまった。当時の私を誉めたいと思うほどの英断であったと思う。
   さて、多くの方が既に書いているように、FoSの魅力は第1に、最先端の研究に果敢に挑戦を続ける同世代が一堂に会し、自身の分野のみならず普段は接点を持ち得ないような様々な分野の研究のカッティングエッジを真剣に議論することにある。第2には、国際シンポジウムであることにより、日本の研究者だけでなく、海外の研究者とも議論することで、日本や海外の研究動向や現場の特徴を相対化したり、ネットワークを形成したりできることであろう。書いてしまえば平坦であるが、FoSは私に多くの影響や気づきを与えてくれた。また、何年かにかけて関わっていると、現在のアカデミックな世界の現状や課題の一端も見えてくる。その幾つかを下記に紹介したい。

   第1に、FoSのキーワードである「フロンティア」「カッティングエッジ」の意味が分野によって異なることである。JGFoSとJCFoSは自然科学5分野と社会科学の6セッションで構成されている。世間一般に流通する「理系vs文系」という二区分法が無意識に刷り込まれていることもあり、自然現象を分析する自然科学と社会現象を分析する社会科学は根本的にアプローチが異なるというイメージを何となく持っている人も少なくない。ところが、各セッションに参加している内に、どうも分野によって意味合いや定義が異なることに気づき始める。特に印象的だったのは工学のPGM浮田宗伯さんの一言である。「皆は自然科学5分野に対して社会科学が異なると思っているだろうけれど違う。工学は新しいアプリケーション(応用)法を見つけたらそれがカッティングエッジになりえる。しかし、他の自然科学4分野と社会科学は、どこかで真理を見つけたいと思っているように見える。工学vsそのほかの5分野だ」。
   普段、当たり前のように使っている「先端研究」「学問の進歩」「新しい発見」といった言葉の意味を、どのぐらい我々は突き詰めて考えているのだろうか。社会科学内も実は多様なディシプリンがあり、研究方法も理論構築の仕方も異なっている。各分野にとっての「真のカッティングエッジとは」といった問いは流行を追っても答えが出てこない。真に先端を走る人は、大きな流れのようなものを結果的に作っていく人だからだ。むしろこのような問いを考えることは、社会科学でいえば、新しい理論が生まれる背景や、学問と社会の関係の本質を考えることにつながるのだと思う。

   第2には、継続して何年かPGMを担当していると、学問の縦割り分化の現状を改めて認識する。具体的につないでみたら面白いだろうテーマに、分野を越境して多く出会うからである。例えば「エネルギーと情報学」のスマートシティ関連(工学・2013年)と「メガ都市」(社会科学・2015年)や、最近は既に学際的研究が組織されている「インターフェース」「ディープラーニング」(工学・2014、2015年)と「社会的相互作用」(社会科学・2014年)などである。理系・文系間に比べて理系内はより横断的な研究が展開されていると思い込んでいたものの、どうもそうではないと思う瞬間もあった。化学のセッション(「カラー」2014年)で色の効果の発表に対して、私が「色の違いが心理的にではなく、物理的に異なる効果を身体に対して与えているか」と質問した後に、滝田順子さん(医学)がリハビリへの応用についての質問をしており、まだ使われていないのだと純粋に驚いたりした。また今はアプローチの違いを理解しているが、最初は惑星を取り上げている物理学者と地球科学者が普段、ほとんど接点を持っていないということに驚いたりもした。類似のエピソードはまだまだあるが、学問の専門分化が一層進んでいるのに対して、専門的な次元での越境研究をより促進することの重要性は高まっている。そのきっかけの場としてのFoSの意義は大きい。FoSでの議論に刺激を受けた参加者が、その後、学術的に異分野をつなぐコーディネーターとなっていく可能性も高い。

   第3に、自身の専門分野、研究方法、広くは研究姿勢に関する内省の機会となることである。個人的なことではあるが、PGM一回目のトピック選定会議では、私の専門外のトピックに票が集まり、予想外の展開に恥ずかしくも狼狽してしまった。採択されたのは「儀礼」(後に「社会的相互作用」に微調整)であったが、依頼予定の日独のスピーカーの著作や論文を読み始めたら非常に面白く、分野もディシプリンも異なるものの、私自身の研究にも発見が多々あった。元々、私自身が学際的なテーマを研究しているため、普段から他分野の研究を読んでいるつもりであった。しかし、中堅に差しかかる時期を向かえ、専門性が深まり視野を広げてきたつもりが、いつの間にか、日々の忙しさの中で、目の前のプロジェクトへの有用度が基準となり、むしろ視野が狭まってきたのではないか。大学院時代をすごした京都では、「おもろいか、おもろくないか」が重要な一つの基準であったが、そんな感覚をどこかで置いてきてしまっていないか。もちろん、限られた時間の中では効率性も優先度の判断も必要である。しかし、本来ユニークな発想は、遊び心や回り道の中で見つかることもある。何よりも分野を問わず、「おもろい」研究にはエネルギーがある。今から振り返れば、初年度に途方にくれたのは、その後のPGM経験にとってはむしろプラスであった。したがって、もしPGMをこれから担当する読者がいれば、一度は自身の専門テーマ関連、もう一度は相手国側のPGMが勧めるテーマを自身の専門外であっても挑戦することを勧めたい(様々なディシプリンを担当しうるという社会科学セッションの特殊性もあるかもしれないが)。前者は、他分野の研究者への成果の共有、議論による深化、ネットワーク化など具体的な効果が得られる。後者は、好奇心の赴くままに楽しんでみて欲しい。パートナーである相手国側のPGMやスピーカーが専門性の高いセッションにするための努力は一緒にしてくれるし、JSPS FoS事業委員会の先生方も力を貸して下さる。専門外のテーマで先端的なセッションを作る。そんな経験をすると確実に度胸はついてくるし、実はこちらの方が面白い時もある。

   第4に、第3の点と関連しているが、自身の専門テーマを改めて俯瞰し、深化させるきっかけにもなる。FoSでの議論は、異分野が集まるからこそ、そのテーマの核心、本質的な部分が中心になる。議論の土台を共有している前提で集まっている専門家ばかりのセミナーでは、時として細かい点に議論が終始してしまうことがあるだろう。もちろん、専門性の高い緻密な議論は大事ではあるが、その代わりに、衝撃を受けるような挑戦を挑まれることも実は減ってくる。他方で、FoSでは異分野の話を何とか理解しようと必死に聞く。良い質問をしようと必死で考える。そして、専門外だと思っているから遠慮がない(また時として、素朴な質問が銃弾のように心臓のど真ん中を貫いてしまう)。つまり、細かいテクニカルな点よりも本質的な部分において、質の高い議論が展開されるのがFoSの魅力である。これはアウトリーチなどで素人に対して自身の研究を紹介するような場とは根本的に異なる点である。

   さて、PGMを4期務め、とうとう卒業になってしまったが、FoSロスに陥らないですんでいるのは、学振や相手国の担当機関(例えば、ドイツであればフンブルト財団)が様々なフォローアップのための研究交流助成を設けているからである。今でも一緒にPGMを担当したドイツやカナダの研究者とは交流を続けているし、互いの大学でワークショップや講義でのゲスト講演を行ったりしている。特に、分野が近いSandra Kurfürst氏とは2017年に、Southeast Asian Mega City Workshopシリーズを立ち上げ、第1回をドイツ(2017年)、第2回を2019年3月に日本で開催予定であり、今後も続けていきたいと考えている。国内でも、年度の近いJGFoS参加者とは1年に1~2度、食事会や研究会を開催している。自主参加であるにもかかわらず、多くの人が集まる。最も印象深いのは、2017年3月のスーパーカミオカンデ訪問一泊ツアーである。1日目に研究会(深夜2時まで白熱した議論を展開)、2日目は、中家剛さん、身内賢太朗さん、渡辺寛子さんの案内で主要実験施設を見せてもらえた。
   私にとってFoSは原点を思い出させてくれたものである。研究は面白い。議論は楽しい。道は険しくも、だからこそ、登りがいがある。
   まだまだ我々の旅路は長い。私の密かな将来の楽しみは、様々な分野のFoS仲間の最終講義を聞きに行くことである。我々の今の挑戦が、その頃にはどのような成果になっているのだろうか。どんな紆余曲折を経ているのだろうか。たまに冗談で「FoS特別席を設けておこう」「質問は決まっているよね。『カッティングエッジはどこですか?』」「定年の時にもそれを聞かれるのか・・(お互い、なかなか厳しいな、と心の中でつぶやく)」と言い合っている。良い刺激を得る瞬間である。


第11回JGFoS(ブレーメン):ドイツ側PGMと   第12回JGFoS(京都):左から2番目。一番左がSandra Kurfürst氏

【第11回JGFoS(ブレーメン):ドイツ側PGMと】 

 

【第12回JGFoS(京都):左から2番目。一番左がSandra Kurfürst氏】

JCFoS(沖縄):社会科学セッションのスピーカーとPGM   2016年2月(東京):元JGFoS参加者による自主研究会

【JCFoS(沖縄):社会科学セッションのスピーカーとPGM】

 

【2016年2月(東京):元JGFoS参加者による自主研究会】