国際生物学賞
International Prize for Biology歴代受賞者・授賞式
第41回授賞式・受賞者あいさつ・審査経過報告
秋篠宮皇嗣同妃両殿下のご臨席を仰いで
第41回国際生物学賞授賞式が挙行されました。
令和7(2025)年12月17日(水)
第41回国際生物学賞授賞式が挙行されました。
令和7(2025)年12月17日(水)
授賞式にご臨席された秋篠宮皇嗣同妃両殿下
秋篠宮皇嗣殿下のおことばを賜る
秋篠宮皇嗣殿下のおことばを賜る
令和7(2025)年12月17日(水)、第41回国際生物学賞授賞式が日本学士院において挙行されました。授賞式は、秋篠宮皇嗣同妃両殿下のご臨席を仰ぎ、内閣総理大臣代理として宇野善昌内閣総理大臣補佐官、松本洋平文部科学大臣をはじめ、各界から多数の来賓の参列を得て、盛会のうちに執り行われました。
式典では、藤吉好則国際生物学賞委員会委員長から、第41回受賞者のジャコモ・リッツォラッティ教授に賞状と賞金1,000万円及び賞牌が授与され、また、秋篠宮皇嗣殿下からの贈呈品「秋篠宮家御紋付銀花瓶」が伝達されました。
秋篠宮皇嗣殿下からのおことばに続いて、内閣総理大臣祝辞(代読 宇野善昌内閣総理大臣補佐官)、並びに文部科学大臣祝辞が述べられ、最後にリッツォラッティ教授が受賞の挨拶を行いました。
引き続き、秋篠宮皇嗣同妃両殿下ご臨席の下、受賞者や関係者との記念茶会が行われました。
式典では、藤吉好則国際生物学賞委員会委員長から、第41回受賞者のジャコモ・リッツォラッティ教授に賞状と賞金1,000万円及び賞牌が授与され、また、秋篠宮皇嗣殿下からの贈呈品「秋篠宮家御紋付銀花瓶」が伝達されました。
秋篠宮皇嗣殿下からのおことばに続いて、内閣総理大臣祝辞(代読 宇野善昌内閣総理大臣補佐官)、並びに文部科学大臣祝辞が述べられ、最後にリッツォラッティ教授が受賞の挨拶を行いました。
引き続き、秋篠宮皇嗣同妃両殿下ご臨席の下、受賞者や関係者との記念茶会が行われました。
贈呈品を手にするリッツォラッティ教授とご家族
授賞式後の記念茶会
第41回国際生物学賞受賞者あいさつ
ジャコモ・リッツォラッティ教授
両殿下、大臣閣下、お集まりの皆様
この度は神経生物学の分野で第41回国際生物学賞の栄誉を賜り、大変うれしく光栄に存じます。審査委員会からは、ミラーニューロンの発見について評価いただきました。これは他者を理解するための神経基盤となり、また認知神経科学に多大なインパクトを与えたニューロンです。
最初に、ミラーニューロンを発見した経緯や、この発見に道筋をつけた初期の実験について少しお話ししたいと思います。そもそもの始まりは、マーク・ジャンヌロー氏、マイケル・アービブ氏、酒田英夫氏、私から成るチームに対して、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムから助成金をいただいたことでした。この助成金は経済的な支援だけでなく、チームメンバーの母国で定期的に会合を開く機会も提供してくれました。おかげで私は日本を何度か訪れ、酒田氏以外にも丹治順氏、入來篤史氏、村田哲氏といった優れた神経科学者の皆さんと知己を得ることができました。酒田氏は私と妻の富士登山にも同行してくださいました。忘れられない経験です。
科学の話に戻りますと、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムでの共同研究の結果、物をつかむ行動の基盤となる神経メカニズムに関する論文を発表しました。今でもこの分野の基盤になっている研究です。一方、私はパルマ大学の若手研究者――ルチアーノ・ファディガ氏、レオナルド・フォガッシ氏、ビットリオ・ガレーゼ氏ら――とともに、サルの運動前野の研究を続けました。その中である時、私たちは動物行動学的なアプローチをとってみました。力や動作解析のような物理的パラメーターに対するニューロン反応を分析するのではなく、もっと自然な方法でサルと関わり合いました。食べ物を与えたり、それを取り上げようとしたりしたのです。ここから最初に得られた大きな発見は、運動前野は関節の変位によって決定される動作を符号化するのではなく、運動行為のゴール、例えば物をつかむなどのゴールを、その行為がどのように行われるかには関係なく符号化するということでした。
しかし、何よりも心躍らされたのは、サルがある行為をした時と、実験者による同じ行為を見ている時の両方に活性化するニューロンが見つかった時のことで驚きました。この二重の反応は、本来の生理的特性なのか、それとも人為的に生じた間違いなのか。何年も慎重に検証した結果、私は心配だったんですけども同僚はこれを素晴らしい発見だと主張するんです。最初は私は疑っていました。でもその後何年も慎重に検証して本当の現象だと確信してこの発見を神経学分野の権威ある専門誌『ブレイン』に発表し、この細胞を「ミラーニューロン」と名づけました。
ミラーニューロンという考え方は、神経科学の学界から熱意を持って受け入れられました。特に陽電子断層撮影(PET)や磁気共鳴画像(MRI)を用いた神経画像研究によって、ヒトにも同様のメカニズムが実証されてからは、特に強い支持を得ました。
特に興味をそそられたのは、ミラーニューロンの機能です。私たちは精神学者とか心理学者ではないのですけれども私たちの最初の仮説は、それが模倣行動の神経基盤になるというものでした。それで、これは事実であることがわかりましたが、それではまだ十分な説明がつきません。ミラーニューロンはその後、多くの種で発見されました。例えば鳥、マウス、ラット、マーモセット、コウモリなどなどです。でもこれらの種というのは厳密な意味では模倣ができない種です。この時点で最も広く受け入れられている仮説は、ミラーメカニズムは観察された行為を自身の運動表象にマッピングすることで、他者の行為を理解するようにする進化的には古い神経システムだというものです。このような理解は「内側からの理解」と呼ばれています。
ミラーメカニズムを理解する上での重要なステップは、それが「感情のない」行為の理解だけでなく、感情を伴う行為にも関わっているということがわかったことでした。実際、この役割を最初に実証したのは、「嫌悪感」の神経基盤にかかわる実験でした。今世紀初頭のことです。その後多くの実験がなされました。この同じメカニズムが感情の中にあり、例えば喜びや怖れなどにも存在するということが確認できました。最後になりますが、このミラーメカニズムというのは非常に重要な臨床応用につながっております。運動制御系が行動観察によって活性化する可能性がある――これは重要な臨床応用へとつながっており腕に1カ月間ギプスをつけなければならない患者がいたとします。ギプスが取れた時、患者の腕の動作はぎこちなくなります。これは筋力が低下したからというよりも、腕を動かせないため皮質の運動プログラムが抑制されたことが原因で、動かそうとする時に、その運動系を失ってるために動くことができない。しかしながら、ギプスをはめている間に患者が腕の動きの動画を見ることで、ミラーメカニズムによって運動プログラムは維持されます。すると再度物理的な動作が可能になった時に、ほぼ正常に動かせるようになるわけです。今理学療法も最小限で済みます。「運動観察療法(AOT)」として知られるこの方法は現在、整形外科のリハビリだけでなく、脳卒中やパーキンソン病、多発性硬化症などの神経学的疾患でも使われています。
最後になりますが、国際生物学賞の受賞は、私や同僚がミラーメカニズムの研究をさらに深め、この注目すべき神経系の新たな臨床応用を探る大きな励みになります。
ありがとうございました。
この度は神経生物学の分野で第41回国際生物学賞の栄誉を賜り、大変うれしく光栄に存じます。審査委員会からは、ミラーニューロンの発見について評価いただきました。これは他者を理解するための神経基盤となり、また認知神経科学に多大なインパクトを与えたニューロンです。
最初に、ミラーニューロンを発見した経緯や、この発見に道筋をつけた初期の実験について少しお話ししたいと思います。そもそもの始まりは、マーク・ジャンヌロー氏、マイケル・アービブ氏、酒田英夫氏、私から成るチームに対して、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムから助成金をいただいたことでした。この助成金は経済的な支援だけでなく、チームメンバーの母国で定期的に会合を開く機会も提供してくれました。おかげで私は日本を何度か訪れ、酒田氏以外にも丹治順氏、入來篤史氏、村田哲氏といった優れた神経科学者の皆さんと知己を得ることができました。酒田氏は私と妻の富士登山にも同行してくださいました。忘れられない経験です。
科学の話に戻りますと、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムでの共同研究の結果、物をつかむ行動の基盤となる神経メカニズムに関する論文を発表しました。今でもこの分野の基盤になっている研究です。一方、私はパルマ大学の若手研究者――ルチアーノ・ファディガ氏、レオナルド・フォガッシ氏、ビットリオ・ガレーゼ氏ら――とともに、サルの運動前野の研究を続けました。その中である時、私たちは動物行動学的なアプローチをとってみました。力や動作解析のような物理的パラメーターに対するニューロン反応を分析するのではなく、もっと自然な方法でサルと関わり合いました。食べ物を与えたり、それを取り上げようとしたりしたのです。ここから最初に得られた大きな発見は、運動前野は関節の変位によって決定される動作を符号化するのではなく、運動行為のゴール、例えば物をつかむなどのゴールを、その行為がどのように行われるかには関係なく符号化するということでした。
しかし、何よりも心躍らされたのは、サルがある行為をした時と、実験者による同じ行為を見ている時の両方に活性化するニューロンが見つかった時のことで驚きました。この二重の反応は、本来の生理的特性なのか、それとも人為的に生じた間違いなのか。何年も慎重に検証した結果、私は心配だったんですけども同僚はこれを素晴らしい発見だと主張するんです。最初は私は疑っていました。でもその後何年も慎重に検証して本当の現象だと確信してこの発見を神経学分野の権威ある専門誌『ブレイン』に発表し、この細胞を「ミラーニューロン」と名づけました。
ミラーニューロンという考え方は、神経科学の学界から熱意を持って受け入れられました。特に陽電子断層撮影(PET)や磁気共鳴画像(MRI)を用いた神経画像研究によって、ヒトにも同様のメカニズムが実証されてからは、特に強い支持を得ました。
特に興味をそそられたのは、ミラーニューロンの機能です。私たちは精神学者とか心理学者ではないのですけれども私たちの最初の仮説は、それが模倣行動の神経基盤になるというものでした。それで、これは事実であることがわかりましたが、それではまだ十分な説明がつきません。ミラーニューロンはその後、多くの種で発見されました。例えば鳥、マウス、ラット、マーモセット、コウモリなどなどです。でもこれらの種というのは厳密な意味では模倣ができない種です。この時点で最も広く受け入れられている仮説は、ミラーメカニズムは観察された行為を自身の運動表象にマッピングすることで、他者の行為を理解するようにする進化的には古い神経システムだというものです。このような理解は「内側からの理解」と呼ばれています。
ミラーメカニズムを理解する上での重要なステップは、それが「感情のない」行為の理解だけでなく、感情を伴う行為にも関わっているということがわかったことでした。実際、この役割を最初に実証したのは、「嫌悪感」の神経基盤にかかわる実験でした。今世紀初頭のことです。その後多くの実験がなされました。この同じメカニズムが感情の中にあり、例えば喜びや怖れなどにも存在するということが確認できました。最後になりますが、このミラーメカニズムというのは非常に重要な臨床応用につながっております。運動制御系が行動観察によって活性化する可能性がある――これは重要な臨床応用へとつながっており腕に1カ月間ギプスをつけなければならない患者がいたとします。ギプスが取れた時、患者の腕の動作はぎこちなくなります。これは筋力が低下したからというよりも、腕を動かせないため皮質の運動プログラムが抑制されたことが原因で、動かそうとする時に、その運動系を失ってるために動くことができない。しかしながら、ギプスをはめている間に患者が腕の動きの動画を見ることで、ミラーメカニズムによって運動プログラムは維持されます。すると再度物理的な動作が可能になった時に、ほぼ正常に動かせるようになるわけです。今理学療法も最小限で済みます。「運動観察療法(AOT)」として知られるこの方法は現在、整形外科のリハビリだけでなく、脳卒中やパーキンソン病、多発性硬化症などの神経学的疾患でも使われています。
最後になりますが、国際生物学賞の受賞は、私や同僚がミラーメカニズムの研究をさらに深め、この注目すべき神経系の新たな臨床応用を探る大きな励みになります。
ありがとうございました。
第41回国際生物学賞審査経過報告
国際生物学賞委員会 審査委員長 寺島 一郎
第41回国際生物学賞審査委員会より、今回の審査の経緯について御報告申し上げます。
審査委員会は、海外の研究者4名を含む20名の委員で構成しました。
審査委員会は、まず、今回の授賞対象分野である「神経生物学」にふさわしい受賞候補者を推薦いただくため、国内外の大学、研究機関、学協会および国際学術団体等に、1,508通の推薦依頼状を送りました。その結果、60通の推薦状が届きました。このうち重複を除いた被推薦者の数は18の国・地域の46名でした。
審査委員会は、合計5回の会議を開催し、慎重に候補者の選考を行い、第41回国際生物学賞受賞者として、ジャコモ・リッツォラッティ教授を国際生物学賞委員会へ推薦いたしました。
リッツォラッティ教授は、ピザ大学、パルマ大学で研究を続けられ、現在はパルマ大学の名誉教授として研究・教育にあたられています。
リッツォラッティ教授は、ミラーニューロンの発見者、ミラーメカニズムの提唱者として世界的に知られ、これまで数多くの論文を発表されました。ミラーニューロンとミラーメカニズムの発見は、システム神経科学および認知神経科学において、「他者の行動を理解する神経機構を研究する領域=社会神経科学」という新分野を開拓した画期的な出来事です。人間のミラーメカニズムについても、リッツォラッティ教授は、脳画像技術を用いて、他者の行為を観察する際に脳の一部が活性化されることを示し、また、ミラーメカニズムが他者の感情を理解する際にも関与していることを示されました。
リッツォラッティ教授はミラーニューロンの発見により、行動を含む様々なレベルでの他者理解の神経基盤を解明されました。それまでの神経科学研究がすべて「個体自身」を対象にしていたのに対し、ミラーニューロンの発見により、神経科学が「複数個体の関係性」、つまり「社会」を対象とするようなり、この流れはその後の「神経科学」という領域の発展にも大きく貢献されています。
全般の発展に与えた影響は極めて多大であり、本賞の審査基準である、授賞対象分野への適合性、研究の独創性、当該分野における影響力、および生物学全般への貢献度のいずれをも十分に満たすものです。
国際生物学賞委員会は、審査委員会の推薦に基づいて審議を行い、ジャコモ・リッツォラッティ教授に対し、第41回国際生物学賞を授与することを決定いたしました。
以上をもちまして、私の審査経過報告と致します。
審査委員会は、海外の研究者4名を含む20名の委員で構成しました。
審査委員会は、まず、今回の授賞対象分野である「神経生物学」にふさわしい受賞候補者を推薦いただくため、国内外の大学、研究機関、学協会および国際学術団体等に、1,508通の推薦依頼状を送りました。その結果、60通の推薦状が届きました。このうち重複を除いた被推薦者の数は18の国・地域の46名でした。
審査委員会は、合計5回の会議を開催し、慎重に候補者の選考を行い、第41回国際生物学賞受賞者として、ジャコモ・リッツォラッティ教授を国際生物学賞委員会へ推薦いたしました。
リッツォラッティ教授は、ピザ大学、パルマ大学で研究を続けられ、現在はパルマ大学の名誉教授として研究・教育にあたられています。
リッツォラッティ教授は、ミラーニューロンの発見者、ミラーメカニズムの提唱者として世界的に知られ、これまで数多くの論文を発表されました。ミラーニューロンとミラーメカニズムの発見は、システム神経科学および認知神経科学において、「他者の行動を理解する神経機構を研究する領域=社会神経科学」という新分野を開拓した画期的な出来事です。人間のミラーメカニズムについても、リッツォラッティ教授は、脳画像技術を用いて、他者の行為を観察する際に脳の一部が活性化されることを示し、また、ミラーメカニズムが他者の感情を理解する際にも関与していることを示されました。
リッツォラッティ教授はミラーニューロンの発見により、行動を含む様々なレベルでの他者理解の神経基盤を解明されました。それまでの神経科学研究がすべて「個体自身」を対象にしていたのに対し、ミラーニューロンの発見により、神経科学が「複数個体の関係性」、つまり「社会」を対象とするようなり、この流れはその後の「神経科学」という領域の発展にも大きく貢献されています。
全般の発展に与えた影響は極めて多大であり、本賞の審査基準である、授賞対象分野への適合性、研究の独創性、当該分野における影響力、および生物学全般への貢献度のいずれをも十分に満たすものです。
国際生物学賞委員会は、審査委員会の推薦に基づいて審議を行い、ジャコモ・リッツォラッティ教授に対し、第41回国際生物学賞を授与することを決定いたしました。
以上をもちまして、私の審査経過報告と致します。