日本学術振興会

第36回(令和2年)国際生物学賞の受賞者決定

独立行政法人日本学術振興会(理事長 里見 進)は、8月28日に国際生物学賞委員会(委員長 別府 輝彦:東京大学名誉教授)を開催し、第36回国際生物学賞の受賞者を理化学研究所環境資源科学研究センター特別顧問 篠崎一雄博士に決定しました。今回の授賞対象分野は「環境応答の生物学(Biology of Environmental Responses)」です。
篠崎一雄博士の写真

篠崎 一雄 博士(Dr. SHINOZAKI Kazuo)

授賞理由

篠崎一雄博士は、理化学研究所の旧植物科学研究センター、現在の環境資源科学研究センターのセンター長を長く務め、現在は同研究センターの特別顧問であると同時に、機能開発研究グループディレクターを兼務し、研究を続行されている。

移動することのない植物にとって、時々刻々変化する自然環境、例えば、水分環境、温度環境などの変化は、植物にとって大きなストレスであり、生死に関わる問題である。そのため植物は環境変化に対応し、耐性を獲得すべく進化してきた。篠崎博士は植物の環境ストレス、特に乾燥に対する耐性獲得とその応答のメカニズムを世界に先駆け、分子生物学的手法により解明し、この分野を先導してきた。

篠崎博士らはモデル植物であるシロイヌナズナを主な材料として、乾燥や低温、高塩濃度に応答して発現される多くの耐性遺伝子やその発現調節に働く因子などを発見した。また、乾燥ストレスによって植物ホルモンの一つであるアブシシン酸(ABA)が葉の気孔を閉じ、蒸散が抑えられることは従来から知られていたが、篠崎博士らは乾燥ストレスによってABAに依存しない制御系も存在することを発見し、乾燥ストレス耐性にはABAに依存した経路とABAとは無関係な経路があることを示した。乾燥に応答する転写制御領域のDNA上にあるシス因子DRE(Dehydration Responsive Element)と、そのシス配列に結合する転写因子DREB(DRE Binding protein)がABAとは無関係な経路の重要な因子であること、ABAによる転写調節に関わる転写因子AREB(ABA Responsive Element Binding protein)を同定し、SnRK2というタンパク質リン酸化酵素により活性化されることを明らかにした。さらに、乾燥シグナルは浸透圧ストレスとして植物細胞に認識されるが、そのセンサーとしてヒスチジンキナーゼ、シグナル伝達系としてMAPキナーゼやSnRK2キナーゼを同定した。最近、土壌が乾燥すると根の水分減少により根の維管束でCLE25というペプチドが誘導され、そのタンパク質が根から葉まで長距離輸送され、葉でABAの合成を誘導することを発見し注目された。

篠崎博士らは、シロイヌナズナで発見した環境ストレス耐性に関わる遺伝子を利用して乾燥や低温耐性の作物への応用に向けて共同研究を進めており、シロイヌナズナの乾燥耐性遺伝子や低温耐性遺伝子を導入した形質転換イネやダイズにおいて、乾燥耐性の強化や収量の増加を実際の耕作地で証明している。これらの結果は、気候変動による食糧危機に対して大きな貢献をすることが予想される。
 
篠崎博士は、理化学研究所でシロイヌナズナのゲノム機能研究にも取り組み、完全長cDNAの収集、遺伝子破壊変異体の収集、さらに植物科学研究センター長としてメタボローム解析、トランスクリプトーム解析、植物ホルモン解析の技術基盤の整備などを推進・先導し、理化学研究所バイオリソースセンターから実験植物の研究材料を公開することによって、植物ゲノム機能研究の発展に大きな貢献を果たした。
 
これらの研究と成果は、基礎植物科学の重要な発展をもたらすものであり、第36回国際生物学賞の授賞対象分野『環境応答の生物学』に最もふさわしく、また今後の世界の食糧危機にとっても重要な応用分野の進展に寄与するものと認め、授賞を決定した。

※例年11~12月頃に行われています本年の授賞式については、新型コロナウイルス感染症の影響のため中止し、独立行政法人日本学術振興会の理事長から国際生物学賞を伝達することとなりました。また、授賞式後に毎年開催する記念シンポジウムについては中止されました。