日本学術振興会

第35回授賞式・受賞者あいさつ・審査経過報告

秋篠宮皇嗣同妃両殿下のご臨席を仰いで、
第35回国際生物学賞授賞式が挙行されました。

(令和元年11月29日)
受賞の様子
第35回国際生物学賞授賞式は、11月29日に日本学士院において、秋篠宮皇嗣同妃両殿下のご臨席を仰ぎ、内閣総理大臣代理として西村明宏内閣官房副長官、萩生田光一文部科学大臣をはじめ、各界から多数の来賓の参列を得て、盛会のうちに執り行われました。

式典では、井村裕夫国際生物学賞委員長から、受賞者のナオミ・エレン・ピアス博士に、賞状と賞金1,000万円及び賞牌が授与され、秋篠宮皇嗣殿下からの贈呈品「秋篠宮家御紋付銀花瓶」が伝達されました。

秋篠宮皇嗣殿下からのおことばに続いて、内閣総理大臣祝辞(代読 西村内閣官房副長官)、並びに文部科学大臣祝辞が述べられ、最後にピアス博士が受賞の挨拶を行いました。

引き続き、秋篠宮皇嗣同妃両殿下ご臨席の下、受賞者を囲んで記念茶会が行われました。
贈呈品を手にするピアス博士夫妻の写真
贈呈品を手にするピアス博士夫妻
記念茶会の様子
記念茶会

第35回国際生物学賞受賞者あいさつ

ナオミ・エレン・ピアス博士
ナオミ・エレン・ピアス博士の写真
この度は国際生物学賞受賞という栄誉を賜り、誠に光栄に存じます。私が尊敬してやまない偉大な歴代受賞者の末席に加えていただくことになり、畏れ多い気持ちです。私は、素晴らしい学生と共同研究者に恵まれてまいりました。この賞は私ひとりのものではなく、彼らに対するものでもあります。本日、皆を代表してこの場に立つことは、私にとり大きな喜びです。

殊に本日は秋篠宮皇嗣同妃両殿下の御臨席を賜り、身に余る光栄に存じます。国際生物学賞は昭和天皇、上皇陛下の長年にわたる生物学の御研究を記念するにふさわしい賞です。また、国際生物学賞委員会委員、選考にあたられた審査委員の皆様、日本学術振興会にも御礼を申し上げるとともに、「昆虫の生物学」にお寄せくださる御理解に感謝の意を表したいと存じます。

私が昆虫を研究テーマに選んだ理由は、大学時代の恩師の一人であるチャールズ・レミントン教授の洞察力、知性、熱意に大きな影響を受けたことにあります。この素晴らしい師の下で学ぶことができたのは、大変名誉なことでした。博士課程の指導教授であったバート・ヘルドブラー先生は、厳格さ、知識、的確な実験計画の大切さを自ら模範となって示してくださいました。大学院以降、私は幸運にも、最初は良き師として、やがて研究仲間、友人として、エドワード・O・ウィルソン教授の知己を得ることができました。博士課程修了後の研究指導教授であったロジャー・キッチング先生も、私の研究人生を通じて私を支え、良い刺激を与え続けてくださいました。オックスフォード大学でともに研究を行ったウィリアム・D・ハミルトン教授からも実に多くのことを学びました。また、青木重幸教授、黒須詩子教授とともに兵隊アブラムシの観察に台湾の日月潭を訪れたときのことは、特に忘れられない思い出となっております。

どの研究においても同じように、私は研究室以外でも多くの方に支えられてまいりました。特に、昆虫・植物・病原菌の三者の相互作用についてはフレデリック・オーズベル教授と、シジミチョウとアリの共生関係についてはマーク・エルガー教授と、そして、生物物理から見た昆虫の知覚とシグナリング経路については虞南方(Nanfang Yu)准教授と、長年にわたり素晴らしい協力関係を築くことができました。

私にとって常に最も大切な存在、それは家族です。地球物理学者であった父、アーサー・ピアスは科学と芸術を愛し、その思いを私に教えてくれました。主婦であった母のルイコは、激しい気性を持ちながらも私に無条件の愛を注ぎ、不可能なことは何もないのだと、私に自信を与えてくれました。姉のトミは、知的冒険も含めあらゆる冒険をともに経験し、私にとっては親友でもあり悪友でもありました。

夫のアンドリュー・ベリーは、35年にわたって私の最大の支援者であり、私の研究に対する最も鋭い批評家です。我が家の食卓で繰り広げられる厳しい審査を乗り越えなければいけないのだと悟ることほど、緻密な科学的思考を生み出す効果的な方法はありません。こうした私たちの姿を見ていた2人の娘、ケイティとミーガンが科学以外の道を選んだのは無理もないことです。

娘たちのことに触れて、今、私が考えるのは未来のことです。地球温暖化の時代にあって、私の世代から子どもたちに受け継がれる環境は悲惨なものになることは明らかです。これは昆虫の世界でも同じです。世界中で昆虫の多様性と個体数が急激に減少しています。私たち人間が地球全体に及ぼしている影響を反映しているのです。私たちの子ども、そのまた子どもがこれからも昆虫の生物学から何かを得て、そこからひらめきを得ることができるよう、人間は地球への負荷を減らす努力をすべきであり、今回、国際生物学賞委員会の皆様が「昆虫の生物学」を授賞分野にお選びくださったことが、このことを広く知らしめるきっかけとなるよう願っております。

日本人の血を引く私にとって、この国際生物学賞は特別な意味を持ちます。大学卒業後、作家である祖父、石坂洋次郎の軽井沢の山荘で祖父と1年近く暮らし、チョウとその寄生植物の研究を行いました。かつて祖父は、ふるさとである津軽地方について、こう記しました。「空は青く雪は白く林檎は赤く、女達は美しい国、それが津軽だ。私の日はそこで過され、私の夢はそこで育くまれた」

私にとっても、日本はいつもそのような場所です。本日は誠にありがとうございました。

第35回国際生物学賞審査経過報告

国際生物学賞審査委員会委員長 阿形 清和
国際生物学賞審査委員会委員長 阿形清和の写真
第35回国際生物学賞審査委員会を代表いたしまして、今回の審査の経緯について御報告申し上げます。

審査委員会は、私及び海外の研究者4名を含む20名の委員で構成いたしました。

審査委員会は、今回の授賞対象分野である「昆虫の生物学」にふさわしい受賞者を推薦いただくため、国内外の大学、研究機関、学協会および国際学術団体等に、1,611通の推薦依頼状を送りました。その結果、96通の推薦状が届きました。このうち重複を除いた被推薦者の数は26か国・地域の58名でございました。

審査委員会は、4回の会議を開催して、慎重に候補者の選考を行い、第35回国際生物学賞受賞者として、ナオミ・エレン・ピアス博士を国際生物学賞委員会へ推薦いたしました。

ピアス博士は、ハーバード大学で博士号を取得後、オックスフォード大学やプリンストン大学で研究を続けられ、現在はハーバード大学 生物体・進化生物学科ヘッセル教授として研究・教育にあたられております。

ピアス博士は、シジミチョウとアリの共生関係に関する行動生態学の研究により、種間共生の進化に関する理解に大きく寄与されました。また、チョウとアリ、ランとハナバチの分子系統樹を構築され、これらの情報と生態情報を組み合わせた現代的比較法により様々な新学説を提示することで、これら昆虫及び植物の共生関係や多様化の解明における重要な進展をもたらしました。ピアス博士は、研究対象生物を常に広げ続ける博物学的な研究手法を用いて、最先端技術を取り入れながら新しい研究テーマを提示しており、このような広くかつ深い研究分野の開拓者であるピアス博士の功績は高く評価されています。

ピアス博士の業績は、本賞の審査基準である、授賞対象分野への適合性、研究の独創性、当該分野における影響力、および生物学全般への貢献度のいずれをも十分に満たすものであります。

国際生物学賞委員会は、審査委員会の推薦に基づいて審議を行い、ナオミ・エレン・ピアス博士に対し、第35回国際生物学賞を授与することを決定いたしました。

以上をもちまして、私の審査経過報告と致します。

第35回国際生物学賞記念シンポジウム

受賞を記念して、国立科学博物館、日本学術振興会の共催により第35回国際生物学賞記念シンポジウム「昆虫の社会性と共生をめぐる生物科学」が11月30日(土)、12月1日(日)の2日間、国立科学博物館 上野本館にて開催されました。受賞者のピアス博士による特別講演をはじめ、国内外の研究者が、昆虫の生物学に関する最新の研究成果についての講演を行いました。
第35回国際生物学賞記念シンポジウムの様子
第35回国際生物学賞記念シンポジウムの様子