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国際生物学賞

国際生物学賞 歴代受賞者

第34回国際生物学賞 受賞者について


アンドリュー・ハーバート・ノール博士
(Dr. Andrew Herbert Knoll)

生年月日 1951年4月23日(67歳) アンドリュー・ハーバート・ノール博士
国籍 米国
現職 ハーバード大学 自然史学
フィッシャー記念教授
   
略歴 1973年 ハーバード大学 地質学 (Ph.D.)
1977年–1982年 オーバリン大学 地質学 助教
1982年–1985年 ハーバード大学 有機進化生物学 准教授
1985年–2000年 ハーバード大学 生物学・地球科学 教授
2000年–現在 ハーバード大学 自然史学 フィッシャー記念教授
栄誉歴 1987年 アメリカ芸術科学アカデミーフェロー
1991年 米国科学アカデミー会員
1996年 アメリカ哲学協会会員
2003年 欧州地球科学連合名誉フェロー
2005年 古生物学会 学会賞
2007年 ロンドン地質学会 ウォラストン賞
2009年 米国科学アカデミー マリー・クラーク・トンプソン賞
2013年 インド科学アカデミー外国人フェロー
2014年 国際生命の起原研究学会 オパーリン賞
2015年 ロンドン王立協会外国人会員
2017年 スウェーデン王立自然地理学協会 スベン・ベルグレン賞
研究業績

 アンドリュー・ハーバート・ノール博士は、地球の歴史についての我々の考え方を変えた。彼の代表的な研究は、野外観察と実験室での研究を組み合わせ、古代の堆積岩の化学分析から収集された自然環境に関するデータと、微生物化石記録からの進化的な洞察を統合したものである。その結果、地球上の生物学的歴史の初期の85%に相当する、先カンブリア時代における生物の初期進化を再構築したことである。
 ノール博士による野外観察で、ノルウェーのスピッツベルゲン島の氷山から、シアノバクテリアと真核微生物の両方が非常に良い状態で保存された微化石が発見された。そして、環境変化と化石、および比較生物学の観点から、ノール博士は、地球の初期の微化石記録を基にした近代的研究の方法を確立した。さらにスピッツベルゲン島に焦点を当て、地球上に動物が登場する直前の地球の炭素循環の急激な変動を基にした化学的な分析によって、古代の地層の順序を説明するなど、化学的地層分析による原生代生物地球化学の学術分野を開拓した。
 ノール博士は、中国の6億〜5.8億年前のリン酸塩岩を分析して、複雑な多細胞藻類および動物の休眠嚢胞、卵および早期分裂期胚と解釈できる集団を見つけ、その時代にすでに多細胞動物を含む真核生物が顕著に多様化していたことを明らかにした。また、アリゾナ州グランドキャニオンの7.3億年前の岩石中に、最古の従属栄養の原生生物であるアメーバ動物(Amoebozoa; 真核生物の系統樹の一つの主要な枝を構成する)の壺状の微化石を発見し、さらにオーストラリアの15億〜14億年前の古い頁岩から、海洋における初期の真核生物が予想外に多様化していたことを明らかにした。また、同じ岩石中の鉄と硫黄の化学分析から、原生代の海洋では表層水に酸素が含まれていたが、水中では一般的にそうではなかったという仮説を証明した。
 ノール博士はまた、顕生代の進化の研究においても、生理学的視点から、環境と化石の関係を理論付けている。彼は原生代後半の環境変化や分子の発生を考えて顕生代初期のカンブリア紀の動物化石を解釈するという先駆的な論文を発表した。また、初期の維管束植物における葉の進化に関与する発生生物学を生み出し、生理学的モデルを適用して古生代の種子植物における液体の流れを定量化した。そして、時間経過とともに維管束植物の多様性を定量化する最初の論文を発表した。さらに、海洋植物プランクトンの組成が時間経過とともに変化することを示し、生理生態学からの洞察をもとに、如何にして一次生産者の変化が海洋生態系のより広範な進化をもたらすのかを示した。
 ノール博士はさらに、二酸化炭素の急激な増加によって、ペルム紀末の生物大量絶滅の際に観測された無脊椎動物の絶滅と生存の選択性が説明できるという、大量絶滅現象を理解するための新しいアプローチを導入した。つまり二酸化炭素の増加によって、海洋の酸性化および酸素欠乏が急速に進み、ペルム紀の生物の危機へと進んだと主張した。この説は現在広く受け入れられており、21世紀の二酸化炭素の増加による地球温暖化などの環境変動への懸念とも結びつくものである。
 近年、ノール博士はNASAの火星探査プロジェクト(The Mars Exploration Rover mission)に加わり、地球環境史と生物の進化に関する知識と経験を生かして、研究計画と実践を牽引してきた。とりわけ、火星のメリディアニ平原に存在するミネラルの形成には水が必要であったこと、それが蒸発したあとは、地球上で知られているような生命の維持は不可能になったことを指摘している。
 以上のように、ノール博士は、古生物学、地質層序学、地球化学、および比較生物学からの洞察を統合して、地質学的時間の広範囲に渡った生命と環境との間の動的相互作用を詳細に分析することによって、地球の歴史の理解に貢献した。これらの功績は高く評価されている。

代表的な論文および著書

  1. 1) Knoll、 A.H.、 J.M. Hayes、 J. Kaufman、 K. Swett、 and I. Lambert (1986) Secular variation in carbon isotope ratios from Upper Proterozoic successions of Svalbard and East Greenland. Nature 321: 832-838.
  2. 2) Knoll、 A.H.、 K. Swett、 and J. Mark (1991) The Draken Conglomerate Formation:      Paleobiology of a Proterozoic tidal flat complex. Journal of Paleontology 65: 531-569.
  3. 3) Butterfield、 N.J.、 A.H. Knoll、 and K. Swett (1994) Paleobiology of the Upper Proterozoic Svanbergfjellet Formation、 Spitsbergen. Fossils and Strata 34: 1-84.
  4. 4) Xiao、 S.、 Y. Zhang、 and A.H. Knoll (1998) Three-dimensional preservation of algae and animal embryos in a Neoproterozoic phosphorite. Nature 391: 553-558.
  5. 5) Knoll、 A.H. and S.B. Carroll (1999) The early evolution of animals: Emerging views from Comparative biology and geology. Science 284: 2129-2137.
  6. 6) Xiao、 S. and A.H. Knoll (2000) Phosphatized animal embryos from the Neoproterozoic Doushantuo Formation at Weng'an、 Guizhou Province、 South China. Journal of Paleontology 74: 767-788.
  7. 7) Grotzinger、 J.P.、 W. Watters、 and A.H. Knoll (2000) Calcareous metazoans in thrombolytic bioherms of the terminal Proterozoic Nama Group、 Namibia. Paleobiology 26: 334- 359.
  8. 8) Anbar、 A.D. and A.H. Knoll (2002) Proterozoic ocean chemistry and evolution: a bioorganic bridge? Science 297: 1137-1142.
  9. 9) Boyce、 C.K. and A.H. Knoll (2002) Evolution of developmental potential and the multiple independent origins of leaves in Paleozoic vascular plants. Paleobiology 28: 70-100.
  10. 10) Knoll、 A.H. (2003) Life on a Young Planet: The First Three Billion Years of Evolution on Earth. Princeton University Press、 Princeton、 New Jersey. Japanese Edition、 2005.
  11. 11) Porter、 S.M.、 R. Meisterfeld、 and A.H. Knoll (2003) Vase-shaped microfossils from the Neoproterozoic Chuar Group、 Grand Canyon: a classification guided by modern testate amoebae. Journal of Paleontology 77: 205-225.
  12. 12) Shen、 Y.、 A.H. Knoll、 and M.R. Walter (2003) Evidence for low sulphate and deep water anoxia in a mid-Proterozoic marine basin. Nature 423: 632-635.
  13. 13) Knoll、 A.H.、 R.K. Bambach、 J. Payne、 S. Pruss、 and W. Fischer (2007) A paleophysiological perspective on the end-Permian mass extinction and its aftermath. Earth and Planetary Science Letters 256: 295-313.
  14. 14) Tosca、 N.、 A.H. Knoll、 and S. McLennan (2008) Water activity and the challenge for life on early Mars. Science 320: 1204-1207. 
  15. 15) Knoll、 A.H. (2011) The multiple origins of complex multicellularity. Annual Review of Earth and Planetary Sciences 39: 217–239.
  16. 16) Parfrey、 L.、 D. Lahr、 A.H. Knoll、 and L.A. Katz (2011) Estimating the timing of early eukaryotic diversification with multigene molecular clocks. Proceedings of the National Academy of Sciences、 USA 108: 13624–13629.
  17. 17) Cohen、 P.A. and A.H. Knoll (2012) Neoproterozoic scale microfossils from the Fifteen Mile Group、 Yukon Territory. Journal of Paleontology 86: 775-800. 
  18. 18) Sperling、 E.A.、 C.A. Frieder、 P.R. Girguis、 A.V. Raman、 L.A. Levin、 and A.H. Knoll (2013) Oxygen、 ecology、 and the Cambrian radiation of animals. Proceedings of the National Academy of Sciences、 USA 110: 13446-13451.
  19. 19) Knoll、 A.H. and M.J. Follows (2016) A bottom-up perspective on ecosystem change in Mesozoic oceans. Proceedings B、 Royal Society、 20161755、 DOI: 10.1098/rspb.2016.1755.
  20. 20) Javaux、 E.J. and A.H. Knoll (2017) Micropaleontology of the Lower Mesoproterozoic Roper Group、 Australia. Journal of Paleontology 91: 199-229.
    www.pnas.org/content/suppl/2016/08/02/1609157113.DCSupplemental.