先端科学シンポジウム

FoS Alumni Messages No.10

「行く先を照らすFoS、足下を照らすFoS」

吉久 徹

兵庫県立大学
大学院生命理学研究科  教授
HP:
http://www.sci.u-hyogo.ac.jp/life/biomecha/MolBioMech_Top/Welcome.html

FoS参加歴:

7th JAFoS参加研究者
8th JAFoSPGM
9th JAFoSPGM主査
2007年より FoS事業委員会JFFoS専門委員

   私が最初のFoS、2004年のアメリカ合衆国アーヴァインで開かれた第7回JAFoSに参加してからちょうど干支が一回りしようとしている。12月上旬でクリスマス前のこと、科学アカデミー・ベックマンセンターのクリスマスツリーの飾りつけが、落ち着いた豪華さを醸し出していて、日本とアメリカの豊かさの質の違いを垣間見たのを覚えている。面白そうだと意気込んで乗り込んだのは良いが、ふたを開けると、英語による異分野のセッション、米国側参加者の怒濤のディスカッションにあっけにとられて、まさにかつかつだった。そんな私が、何の因果か、翌年は企画を担当するPlanning Group Member(PGM)、さらに3年目にはCo-chairまで仰せつかろうとは、その時は思いもしなかった。ただ、滅多に経験することの出来ない高揚感、科学的な刺激、そして、普段なら顔を合わすこともない国内外の研究者達との交流の面白さから、その後、FoSにのめり込むことには、何の違和感も抱かなかったのも確かだが。

   FoSというアクティビティーは、おそらく、経験した者にしか理解出来ない、戸惑いと高揚感とを与えてくれる。分野が全く異なった研究者間―例えば細胞生物学者と宇宙論の研究者―で、お互いの最先端の話題を議論しなければならないとしよう。「それは無理だ」と答えるのが普通の感覚だろう。だいだい、話のスケールが違うし、議論のスタートラインに立つまで基礎知識を交換するだけでも大変だし、まして況んや、そんな最先端のデータを出されても・・・。でも、意外にこれが無理で無いこと(とは言っても、努力は必要だが)を理解させてくれるのがFoSという極めて特異なシンポジウムだ。ちなみに、私の参加した2004年のFoSでは、細胞レベルの生命科学が専門の私を含めて、深遠な物理ネタであるdark energyを肴に夜遅くまでアルコールを楽しんだのを覚えている。

   発表者にとって、これは一対多の他流試合といえる。自分の良く知った聴衆を前にしての発表とは違い、イントロのつかみで失敗すると相手には全く理解してもらえない。あまり基本から説明しすぎると時間内に最先端まで行きつけないし、いつもの調子で「ご存じのように・・・」などと、話を端折れない基本的な部分もある。勿論、全くの素人相手と思って専門のデータで煙に巻くなどという技は通じない。なぜならFoSの真骨頂は、3人のプレゼンターの合計発表時間に匹敵する長いディスカッションだからだ。相手は、異分野とはいえ、各分野でトップを走る研究者達。物理や数学から、生命科学、さらには、社会科学の研究者までいる。しかも、若手だから頭も柔らかい。自分はこの分野の専門家だなどと高をくくっていると、頭の切れる素人ほど怖いものは無い。専門家の裏事情などはそっちのけで、本質的な質問が大上段からでやってくる。受け損なうと致命傷だ。だから、FoSは異分野交流であり異種格闘技だ。

   真剣勝負は発表者だけではない。十二分にあるディスカッションタイムでは、そう、主役は聴衆だ。そもそも、準備会合の活発な議論の中で、PGMが各分野から選りすぐった極上の話題をメニューに載せてある。発表時間中、はじめは自分には関係ない分野の話だと思っていても、そこは話術に長けたセッションチェアがその分野をイントロダクションし、気鋭の研究者がそれを受けて最先端の話題を提供する。面白くないはずが無い。研究者の性として、自分の知らないことは知りたいし、理解出来ないことは理解したいのだ。自分の研究分野におけるしがらみが無いだけ、むしろ純粋な好奇心でその話題に入ってしまう。後は、自分の羞恥心を少し抑制しさえすれば(これは重要)、判らなかった素朴な質問も、最先端を行く専門家にぶつけることが出来る。自分ではちょっとと思った質問がけっこう核心を突いた結果、大きく議論が盛り上がるとそれは楽しいものだ。はじめは様子を見ていても、みんながその調子ならば、と議論に入っていくとあっという間に時間が過ぎる。

   さらに、このシンポジウムは二国間交流、即ち、異文化交流の場でもある。勿論、アメリカに限らず欧州の研究者は日本人より遥かに共通語である英語が堪能だから、我々にはそれなりのハンディがある。この面では、こちらはアクセルを全開にしてないと、面白い議論に乗り遅れてしまう。一方、科学に国境が無いとは言え、研究者の考え方は、属する社会や使用する言語、浸っている文化に左右される。だから、発表のスタイルや質疑の内容も、科学的な共通項があるのは当然にしても、議論してくるとやはり国の色が出て来る。これも面白さの一つだ。当然、こうした中で、思わぬ人脈も形成できる。さすがに疲れはするものの、時間さえ許せば得になることばかりだ。

   私は、今でも専門委員として、FoSに関わり続けている。ただ、専門委員としてJFFoSに参加する場合、セッション中、自分は後ろに座っているだけで、ディスカッションに参加する権利が無い。これはとても残念だ。FoSに関わっている事業委員全員、同じ心情では無いだろうか。そもそも、研究者で議論の嫌いな人は、少数派だろう。もちろん、純粋に好奇心を満たすという意味で、FoSは本当に面白い。また、異分野間での人脈形成は、研究者キャリアの中でも、ポジティブなアイテムとなりうる。特に、優れた若手の研究者が、将来、様々な組織の中枢に参画してゆく際、こうした人脈が大きな意味を持つことは、FoSではしばしば語られる。だが、こうした異分野の交流は、もっと個々の研究者の足下も照らすのではないだろうか。科学が細分化された現在、意外と、科学における自分の立ち位置は見えにくい。普段はそれほど意識する必要を感じなくても、時々は、一歩引いて自分の研究の立ち位置を確かめなければ、蛸壺にはまってしまう。ところが、FoSのような渾然とした議論の場で、他の分野で活躍する研究者が科学全般の中で自分の居場所をどうやってはっきりさせているかを見聞きすることは、それだけで参考になる。勿論、他の参加者との交流の中で、自分自身、たとえ一般参加者だとしても、これを意識して相手と話すこと自身、重要な経験だ。さらに言えば、自分に無関係な研究テーマが科学という広い画面のどこにはまるべきピースであるかを、分野が離れているだけに、少しは客観的に考えてみる気にもなる。自分自身の立ち位置、自分の研究テーマ、さらには自分の研究分野のあるべき場所を推し量ってみる契機を与えてくれ、そうするためのヒントを与えてくれるのがFoSのような活動だと思う。経験者の一人として、また、現在のFoS事業委員会の専門委員の一人として、この活動に参加して自分自身の視野を広げる研究者がますます増える事を、心より期待する。


 

【第8回JAFoS 左:レセプション、右:ポスターセッション】

 

【第9回JAFoS: ディスカッション】

 

【第9回JFFoS: 参加者と懇談する吉久専門委員】