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拠点大学交流事業

関連資料

天然薬物の共同研究による薬学の振興

渡邉 裕司

背景

日本学術振興会の「天然薬物」に関するタイとの拠点大学方式による学術交流事業は、富山医科薬科大学和漢薬研究所を日本側拠点大学(コーディネーター:筆者)とし、チュラロンコン大学薬学部(コーディネーター:Boonyong Tantisira 薬学部長)とチュラポン研究所(Somask Ruchirawat教授)をタイ側の拠点大学として2001年から始まり、現在4年目を迎えたところです。2003年12月2-4日に、バンコクのチュラロンコン大学において第6回目のジョイントセミナーを開催しました。交流開始4年目で第6回と称しているのは変ですが、これには次のような理由があります。
現在の交流事業には前身があり、東京大学薬学部(コーディネーター:三川 潮教授)とタイのチュラロンコン大学薬学部(コーディネーター:Pavich Tongroach薬学部長)をそれぞれの拠点大学として1990年に始まった「薬学」に関する交流です。当時の事業には日本側から「薬学」および「高分子化学」領域の研究者が参加しており、前者が多いものの、両者が項目別に混在する内容でありました。この時、部局に特徴があるからということで富山医科薬科大学和漢薬研究所は日本側協力大学の一つとして参加する機会を得ました。その結果、富山医科薬科大学で研究するタイの薬学部教官の数が年々増加し、何人かは富山医科薬科大学の薬学研究科博士課程へ留学する状況が生まれました。近年は、タイの薬学系大学院博士課程の学生の研究指導も依頼されるようになり、確実に学術交流の実績が積み重なっています。また、交流事業が始まった時タイで薬学部を有する国立大学は6校でありましたが、10年の間に次々に薬学部が増設されて現在は10校あります。1999年に前身の事業は終了しましたが、タイ側の大学では新設の薬学部が増加し、若手教官が多いこともあって、学術交流や共同研究を望む声は大きくなっていました。

「天然薬物」をめぐる世界の動き

先進的な医療でも十分な治療効果が得られない難病の人達や、薬物による重篤な副作用を恐れる人々の間で伝統薬やマッサージ、鍼灸、カイロプラクティク、ホメオパチーなどの代替あるいは補完的医療と呼ばれるものに対する社会的要求が米国から高まってきました。フランスやドイツで医薬品として承認されているイチョウ葉や西洋オトギリソウ等の植物由来の製剤は米国では食養生補助物質(dietary supplement;以下はサプリメント)として扱われ、特別な許可を必要とすることなく製造や販売が行われています。このような米国の動きは我が国をはじめアジア諸国へも急速に拡がり、薬局やスーパーマーケットで多種多様な健康食品やサプリメントが販売されるようになりました。両者の販売量は急激に増大しており、その販売額はまもなく1兆円を超えると言われています。と同時に、それらの品質が基準に則って管理されているかどうかという問題が浮上してきました。フランスやドイツで医薬品として承認されている植物性製剤には一定の製造基準があり、薬効や安全性もきちんと証明されています。しかし、健康食品やその他のサプリメントの中には科学的根拠がない物や品質管理が全く考慮されていないものが圧倒的多数であることが明らかになってきました。それらは効果を確認せず、安全性を無視して長期間使用すれば、将来、健康障害が起こることは誰の目にも明らかです。
このような社会的な状況に対応するには薬学研究が必要であること、前項に記述したように学術交流事業を再開したいというタイ側の強い要望等を受けて、再度「天然薬物」という主題で拠点大学方式による学術交流を立ち上げることを提案しました。

2003年12月2~4日開催のジョイントセミナー
2003年12月2~4日開催のジョイントセミナー

新しい学術交流を目指して

本学術交流事業では、日本側は拠点大学の他に協力大学として千葉大学大学院薬学研究院、東京大学大学院薬学系研究科、明治薬科大学、北里大学生命科学研究所、名古屋大学大学院農学研究科、岐阜薬科大学、広島大学大学院医歯薬学総合研究科、九州大学大学院薬学研究院があり、その他に個人的協力研究員として参加されている先生もあります。
タイ側は前述の拠点大学に加えて、チェンマイ大学やマヒドン大学など薬学部を有する国立大学9校とカセサート大学が協力大学として活動しています。また、タイ側の了解を得てベトナムからハノイにある伝統医学研究所と薬物研究所ホーチミン支所が参加しています。過去3年の実績には未だ目を見張るようなものはありませんが、着実に交流の成果はあがっているように思います。主な研究課題と成果の概要は次のようなものです。

  • 研究目的
    難治性の疾患の治療に有用な天然薬物の研究と開発を目指す。そのため、薬用植物や海洋生物について同定、それら成分の化学構造の解明、生合成の研究、生物活性/薬効の評価、データベースの構築等を行う。
  • 研究課題と成果の概要
    1. 老人性疾患の予防と治療に有用な天然薬物の研究
      成果:天然物由来の化合物を修飾し、新規の化学構造をもつ抗酸化物質として脳虚血に対する薬効を評価した。現在、タイ側で特許出願を検討している。
    2. アレルギー性疾患及び癌の予防や浸潤・転移を抑制する天然薬物の研究
      成果:海洋生物から制癌作用の強い新規な抗生物質を見出し、さらに研究の展開を図っている。
    3. エイズや肝炎(肝障害を含む)に有効な天然薬物の研究
      成果:植物成分から、新たに抗ウイルス活性のある化合物を見出した。
    4. マラリアに有効な天然薬物の研究
      成果:抗マラリア活性を持つ生薬を見出した。主成分を明らかにしたが、それが真の活性成分かどうかは今後の連携研究が必要である。
    5. 天然薬物の構造解析・合成・活性発現の分子機構の研究
      成果:南部タイで多発する海産物による食中毒の原因物質を追求している。
    6. タイ産薬用植物成分の生合成に関する分子生物学とバイオテクノロジー研究、及びタイ産薬用植物のデータベースの確立
      成果:(1)女性ホルモン様作用が強いタイ葛根の成分miroestrol関連のイソフラボノイドが植物の中でどのような経路をへて合成されるかを研究中である。(2)タイ産薬用植物の生薬化学、薬理作用、臨床効果等の情報をデータベース化している。

研究者交流と共同研究は全体としては順調に進行していると思いますが、課題4のみはタイの大学では主体的に研究している人が極めて少ないようですので、再考したいと考えています。
前述しましたように、昨年の12月初めにチュラロンコン大学薬学部で「天然薬物」に関するジョイントセミナーを開催しました。これまで我が国とタイ国との間で交流に貢献して下さった3名の先生がkeynote lectureを、両国代表の4名の研究者がplenary lectureを行いました。他に口頭発表21題、ポスター発表が128題以上となり若手研究者のポスター発表の中から優れた発表を選んでExcellent poster presentation awardを差し上げました。参加者は日本側から8名の大学院博士課程の学生を含めて合計46名、タイ側ではタイ国薬学会と連続するようにセミナーの日程を組んだため、参加者が350名をこえ、また、ベトナムやその他のアジアの国々からも数名の研究者が参加し総計414名に達しました。セミナーでは活発な討論がなされ、相互理解を通して、共同研究の促進が図られました。

ジョイントセミナーポスターセッション
ジョイントセミナーポスターセッション

これから

日本とタイ両国の大学を取り巻く厳しい状況は非常に類似しており、タイでも国立大学を法人化する動き、薬学教育を6年制にするための措置、大学の薬学部や教官の業績評価等々が始まりました。
天然薬物に対する社会的要請の高まりは日本もタイも同じですから、本事業を介した共同研究によってそれに応えることができれば、結果として若手研究者の育成や薬学研究の振興がもたらされ、厳しい現況を乗り越えられるものと考えています。


渡邉 裕司(わたなべ・ひろし)
富山医科薬科大学和漢薬研究所 所長、教授
本記事は「学術月報Vol.57 No.2」に掲載されたものである。