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拠点大学交流事業

関連資料

東工大注1)-KAIST注2)拠点大学交流について

柿本 雅明

ことのはじめ

ソンチュル・キム注3)さんと言えば東工大の高分子では結構有名です。1985年に東工大にしばらく滞在されました。サバティカルでした。その時は、もう今停年退官されていない先生(野瀬先生とか中濱先生とか)といっしょに研究されたようです。そのような事情で、柿本注4)が拠点交流の申し込みを金先生と組んでやろうというときには、中濱先生などに学内で後押ししていただきました。このときは通るとは思わなかったのですが、運良く採用になりまして、今度はさてどうしよとか思ったわけです。過去に、ほかの大学の拠点交流プログラムに誘われて、中国とかシンガポールとかに訪問させていただきましたが、なにやら一人で行って、向こうの大学で講演して帰ってくるような状況で、これで良いのかなと思っていたわけです。とにかく、金先生が大変に乗り気で、このプログラムが始まる前の1999年終わりか2000年はじめにわざわざ東工大に来てくださり、いろいろ計画を練ったわけです。

韓国のこと

少し、韓国のことを紹介します。過去に3回くらいは学会に出席したりで訪韓してますが、この事業に手を染めるまで、私自身韓国のことはほとんど知らなかったといえます。例えば、韓国の独立記念日は8月15日です。考えてみれば当たり前です。韓国は終戦まで日本の植民地だったわけで、昭和20年8月15日に独立したわけです。現在の状況は知りませんが、私が高校生の時には教科書にこんなこと一言も載っていませんでした。本交流事業の相手のKAISTや、多くの先生が参加してもらっているPOSTECH注5)の50代の教授は、面白いことに80%が「ソウル大学卒→アメリカの大学院卒」という経歴なのです。つまり、みんなアメリカで博士号をとって帰って来た人々です。この方々より上の先生、つまり今65歳くらいで、今は停年されて現役ではない方々は、結構日本に留学されていました。私が学生の頃、韓国の大学の、当時若い先生が同じ研究室にいたりしたものです。この世代の先生方は博士号をお持ちでない人が結構いました。昔の日本でも同じようなことはありましたから、私の学生の頃で、韓国の大学事情は日本より20年遅れていたという感じでしょうか。しかし、今回の事業で韓国に行ってビックリしました。アメリカ帰りの先生方が変えたのであろうと思います。どうすれば、大学のポテンシャルが上がるかを考えると、「トップレベルの研究」と「優秀な人材の育成」ということになります。このたぐいのことは、言うのは簡単ですが現実は難しいわけです。多分、日本の大学が少々マズイのは、「小回りのきく組織」でないことでしょうか。日本では日本中の大学が、お金の使い方とか、ポジションとかで、同じようにしなければいけないようになっています。それと比べると韓国はものすごく自由度があるように見えます。例えば、KAISTでは、高校の理数科コースの生徒を優先的に入学させます。韓国でも日本と同じく、理数科コースは一般コースよりも優秀なのだそうです。また、POSTECHの受験資格は、出身高校のトップ5%以内であることです。「まず優秀な1年生を揃える」というシステムが作れるところが韓国のちょっと凄いとこです。教官の募集でも同様です。2003年正月の朝日新聞に載ってましたが、POSTECHが今度、バイオテクノロジーセンターを開設するにあたり、スタッフは世界中から募集するのだそうで、「韓国人を優先的に採ろうなんて気持ちを起こしたら世界では負けだ」とコメントしていました。「ASIAWEEK」という雑誌がありますが、ここで毎年「Asia's Best Universities」という特集をやっています。その中で、「Science and Technology Schools」というランキングがあるのですが、トップはいつもKAISTかPOSTECHです。私は2000年版のそのページのコピーをたまたまもらいましたが、POSTECHが1番、KAISTが2番、そして、東工大は6番目です。東工大はもちろん日本では1番です。教官数とか学生数を表1に載せます。各大学とも教官一人当たりの学生数には大きな差はありません。予算が、KAISTの分が手に入らなかったのですが、東工大とPOSTECHを比べると、なんと教官一人当たりでPOSTECHの方が約2割多いのです。これでは負けても仕方ないです。いかに韓国が科学技術に投資しているか良く分かります。先端科学技術で、日本が韓国に水を空けられる日もそう遠くないように感じます。KAISTの先生から聞きましたが、彼らは研究費で何か、例えば薬品を買ったら、研究費用クレジットカードで支払うのだそうです。なるほど、これは合理的です。何を買ったかは後でカード会社が大学に通知してくれるので、不正があればすぐに発覚します。お金の計算はカード会社がやってくれるので大学の事務の負担が大幅に軽減されるはずです。書類がグルグル回って、結局不正使用事件が起こる日本の大学のシステムと比べると誠にすっきりしています。それから、インターネットインフラでは韓国がずっと進んでいます。日本から派遣された大学院生の話では、KAISTの学生寮の各自の机にLAN端末が来ています。おかげで日本の新聞情報がインターネットで日本語で見れるわけです。安く電話もできます。これは、ハングルの国へ行った日本人にとってはありがたい話です。ところが、東工大の国際交流会館には各部屋に端末がありません。韓国はほとんど時差がありませんが、アメリカやヨーロッパから来た人は自室にLANの端末があって、日本の夜中に自国に残した家族とインターネット電話ができればなあ、と思っていることでしょう。

表1 東工大、KAIST、POSTECHの比較
  学部
学生数
(人)
大学院
学生数
(人)
助教授以上
の教官数
(人)
1教官当たりの学部
学生数(人)
1教官当たりの大学院
生数(人)
予算
 
(百万円)
教官一人当たりの予算
(百万円)
東工大 5,130 4,600 700 7.3 6.5 36,000 51
KAIST 2,770 2,450 380 7.2 6.4    
POSTECH 1,310 1,450 210 6.2 6.9 13,000 62

交流計画

さて、本題の拠点交流事業ですが、本交流事業でメインに使うお金は旅費と滞在費です。大事なのは、このお金を「有効に使う」こと、同時に「成果を出す」ことです。そこで金先生と「今回の目的は?」というような点から話をはじめました。ソフトマテリアル注6)の分野では日本はちょっと斜陽とはいえ、実力世界ナンバーワンで、韓国は日本の生産を奪ってナンバーワンの座を狙っている国だといえます。また、両方とも発想のオリジナルとなると弱いとこもあるのですが、東工大からは白川先生のノーベル賞が出ており、その白川先生のところできっかけの実験をやったのは韓国からの留学生だったという事情もあり、この分野の基礎研究で日韓のアライアンスを組めば非常に強固なものになるだろうという結論になりました。
それでは、もう少し具体的に「ソフトマテリアルにおける日韓アライアンス」の実現にはどうするかという議論で、話をお金に戻すと、「以前に他の交流事業で使わせてもらった旅費と滞在費が「有効に使う」という判断をくだせるレベル」であれば、これはかなりたやすい仕事であると考えられましたが、これでは何にも残らないような気がしたわけです。その時に、金先生がすばらしい助言をしてくれました。「若い人にお金を使おう」。「我々のアライアンスは我々レベル。若者には我々とは違うアライアンスが可能だ。」注7)というものです。そこで、博士の学生が普通に参加できるなら、3か月くらいの期間お互いの実験室に滞在してみっちり実験させよう、ということになったわけです。これは、すばらしい考えでした。なにしろ一石二鳥は間違いないといえます。3か月実験すると、うまくすればペーパーを1個書けるわけで、大学院生本人は大喜びです。もちろんこのペーパーは交流事業の「成果」です。そのうえ、3か月もいればお互いの国のカルチャーをすこしは理解するでしょうし、少なくとも行った先の研究室の人間とはお友達になるはずです。そこで、我々教官レベルの交流は年1回くらいのペースでセミナーを開いたらということになったわけです。
ちょうどこのプログラムは五つの分野に分かれていて、第1分野のソフトマテリアルの合成、第2分野のソフトマテリアルの機能が化学系で、第3分野のソフトマテリアルの物理、第4分野のソフトマテリアルの加工が物理系ですが、第5分野のバイオ・エコソフトマテリアルはどこに入れるか議論をしました結果、物理系でいいかということになって、大きな2グループにくくりました。そこで、セミナーの場所を今年は化学系が韓国、物理系が日本、来年はその逆というふうにしようとなったわけです。このような骨組みを作ってお金の計算をしてみました。その時の東工大の国際交流課の事務官の女性が優秀で、頭がよく回る人でした。教官系の人間にはとてもできないことですが、あっと言う間に概算をやってくれまして、「もうちょっと使えるかも。」と言ってくれましたので、それでは、「若い人プログラムをもう一つやろうか」となりました。大学院生と教官との間にいる助手クラスの人が参加してないことに気が付きまして、毎年、日本の助手10人くらいのグループで、韓国の3か所注8)、を1週間のスケジュールで訪問して、各大学でセミナーをやる、もちろん反対に、韓国からも同様に日本に来るわけです。これはなかなか良いアイデアです。なぜなら助手クラスで互いに顔見知りになれば、この交流事業が終わった後、助教授になったときにはもう彼らにとって日本-韓国間の壁がすごく低くなっていて、気軽に共同研究をスタートできるわけです。この交流事業のおかげでお互いがどんな装置を持ってるかを把握していますので、このまま親密なアライアンスに突き進めるというものです。
実際に過去3年間交流を行って、みんなお友達になり、参加した研究者には大きなプラスになったと思います。特に、大学院生は新鮮なカルチャーに接することができて大変に喜んでいます。さてここで、出さなくてはいけない交流事業の「成果」なのですが、なにしろ金儲けの話ではないので、プラスにしろマイナスにしろ「これだけの利益です」と言えるわけではありません。特に「民間企業の人間を入れてはいけない」という交流事業で、金儲けに結びつきそうな「成果」は難しいでしょう。つまり、本交流事業の「成果」を形にするのは、まさに湯気の行方を追うような話です。それでも、装置を買わせていただければ、「この装置は毎日15時間稼働していて、これだけの測定をしまして、500枚もスペクトルを描きました」というのが成果として言えるわけですが、なにしろ、旅費と滞在費と消耗品(ちょっと)で何を持って「毎年の交流成果」といえばよいのか、本当にいまだによく理解できていません。「次世代の優秀な研究者を育成する」のが本交流の一つの目的ですし、「日韓のアライアンスを確立する」のも目的なのですが、いずれも本交流期間中に目に見える成果にはまとまらない可能性が大です。「幼い日に信州の山でなかで見た自然がノーベル賞に繋がった」と白川先生はおっしゃっておられますが、本交流で日韓の若者をエンカレッジしたことの結果が、20年後のノーベル賞に繋がっても現時点での「交流成果」になるわけではなし、しょうがないわけです。20年後「あの日韓交流事業がノーベル賞に繋がった」と演説するように、参加している若年研究者にしかと言い含めてはおきますが。結局、今我々にできることと言えば、共同研究で一つでも多くのペーパーを書くことでしょう。それも、日韓で共著のものがあるといいわけです。そこで、それらを見える形にするために「Annual Report××××」を毎年作っているわけです。これは500ページくらいあります。日本学術振興会には毎年5冊上納しておりますが、今年から10冊にした方がいいかと思います。日本人も韓国人もペーパーを一生懸命書きますので、その重さを測ってもらうしかないですね。

おわりに

硬い話ばかり書いてきましたので、最後にちょっと余談ですが、韓国には「ボーシンタン」という特別に美味しい肉があります。牛肉のどの部分か良く分からないのですが、専門店でないと出しません。ホテルのレストランでも置いていません。焼き肉ではなく、日本のすき焼きに近いブルゴギ風にして食べますが、なるほど牛肉でこれほど脂が少なく、しかも硬くなく、すっきりした味は見事です。本当に特別な肉という感じです。韓国では医者が手術の後の患者に、勧めるそうで、健康食品として有名なのだそうです。テジョンのボーシンタンレストランはいつ行っても満員です。韓国に行かれたら是非お試しください。
今年は、本プログラム7年の中間に当たるので、8月はじめに韓国の慶州で国際会議を開催することになりました。すでに日本からは100件を越える発表申し込みがあり、盛況な会議になりそうです。東工大、東京農工大、九大、千歳科技大の学長先生がソフトマテリアルを専門としておられまして、いかに日本でのソフトマテリアルの研究が重要であるか理解できるわけです。もちろん、これらの学長先生も国際会議にはご出席いただきます。この国際会議をサポートしてくれます、本拠点交流事業には本当に感謝いたします。もちろん、この事業をやっていただいております日本学術振興会にはもっと感謝する次第です。

注1) 明治14年に創立された東京職工学校をはじめとする工業大学。キャンパスは大岡山、長津田、田町の3か所に分散している。詳細はhttps://www.titech.ac.jp/を参照。
注2) Korea Advanced Institute of Science and Technology, 1971年に創立されたKorea Advanced Institute of Scienceをはじめとする工業大学。キャンパスは韓国中部太田(テジョン)にある。詳細はhttp://www.kaist.edu/を参照。
注3) Sung Chul Kim(韓国側コーディネータ)
Department of Chemical & Biomolecular Engineering, Korea Advanced Institute of Science & Technology
373-1, Gusong-dong, Yusong‐gu, Daejon, Korea
E-mail:kimsc@mail.kaist.ac.kr
Education and Experience
1963-1967 B.S. Chemical Engineering, Seoul National University
1971-1975 Dr. Eng. Polymer Engineering, University of Detroit
1975-1979 Head, Polymer Materials Laboratory, Korea Inst. of Sci. Tech.
1979-present Professor, Dept. of Chem. Eng., Korea Advanced Inst. of Sci. & Tech.
1985 Visiting Professor, IBM and Tokyo Institute of Technology
Awards
1994 Seogryu Medal of Civil Merit (Republic of Korea)
1999 Sang Am Polymer Award (Polymer Society of Korea)
2001 Korea Engineering Prize (President, Republic of Korea)
Publications in Refereed Journal
122 papers in International Journal, 36 papers in Korean Journal
注4) Masa-aki Kakimoto(日本側コーディネータ)
Department of Organic and Polymeric Materials, Faculty of Engineering, Tokyo Institute of Technology
2-12-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8552, Japan
E-mail:mkakimot@o.cc.titech.ac.jp
Education and Experience
1970-1975 B.S. Department of Industrial Chemistry, Faculty of Engineering, Yamaguchi University
1975-1980 Interdisciplinary Graduate School of Science and Engineering in Tokyo Institute of Technology
1980-1982 Researcher in Sagami Central Research Center
1982-1987 Research Associate in Faculty of Engineering, Tokyo Institute of Technology
1987-1997 Associate Professor in Faculty of Engineering, Tokyo Institute of Technology
1997-present Professor in Faculty of Engineering, Tokyo Institute of Technology
Awards
1996 Ichimura Award
2000 The Society Award, The Society of Fiber Science and Technology, Japan
Publications in Refereed Journal
395 papers in International Journal, 78 papers in Japanese Journal
注5) Pohang University of Science and Technology、韓国南東部浦項(ポーハン)にある私立の工業大学。世界一の製鉄会社であるPOSCOの出資で1986年に開校した。学内に加速器を有する。詳細はhttp://www.postech.ac.kr/research/research-centers/laboratories/を参照。
注6) 一般的にマテリアル(材料)は金属・無機材料・有機材料に分類する。前者二つをハードマテリアル、有機材料をソフトマテリアルといってもよい。ハードマテリアルは金属とセラミックでありイメージがすぐに湧くが、ソフトマテリアルの守備範囲は非常に広く、ガソリンや医薬品からプラスチック、ゴムのような高分子、タンパクや核酸も含み、人間も歯や骨を除けば全てソフトマテリアルでできている。本交流事業では、高分子材料を中心に考慮している。工業生産物としては、ポリエチレンやPET(ポリエステル)を基材とした袋やボトル等の日常品、各種繊維、プリント基板や光ケーブルといった電子部品、透析膜や人工心臓といった医薬関連製品等、枚挙に暇がない。
注7) アライアンスを組むことを想定しても、モノを生産し利益を得る団体ではないので、利益増強を画策するアライアンスを組めるわけではない。日韓で協力してソフトマテリアルの世界を広げていこうというくらいのアライアンスとなる。そうなると、どの程度心が開けるかが大きな要因となる。若者に期待するのは、日韓の若者を今親密にしておけば、将来、10年、20年後に幼なじみ的な要因が働いて、アライアンスの密度は向上するというものである。残念ながら、本稿で明らかにするように、日韓の科学教育、あるいは研究の文化の相違から、50歳を越える高年齢者に幼なじみ的信条を求めるのは難しい。
注8) 韓国の理工系で有名な大学は、KAIST、POSTECH、K‐JIST、釜山国立大学、韓陽大学等で、ソウル国立大学は有名な先生が居るのではあるが別行動をとっている感がある。日本にちょっと似ている。