![]() 教授:宮田 麻理子 |
末梢神経損傷により生じる早期の中枢神経回路の |
脳には身体部位に応じて身体感覚を知覚する機能局在(図1)が存在し、脳地図は神経細胞同士の配線である神経回路によって構成されています。交通事故などにより手足を切断した患者(年間5000人)の50~80%は、失った手足があたかも存在するように感じ、激しく痛む病態「幻肢痛」に悩まされます。幻肢痛は末梢神経切断後の「脳地図」の変化が原因とされ、地図の変化の大きさと幻肢痛の症状の重さが相関することも知られています。しかしながら、特定回路の変化を抽出して、機能的に解析することは困難であり、地図の基盤にある神経回路でどのような変化が起きているかは不明でした。
![]() 図1 末梢感覚神経切断後の脳地図の変化 |
マウスは髭を使って探索行動をするため、髭は人間でいうならば手のような役割をしています。私たちはマウスの髭の感覚神経を完全切断して、その投射先である視床という中枢神経系の脳地図が存在する場所で、独自に確立したスライス標本を用い、神経回路がどのように変化するかを、時間を追って詳細に調べました。その結果、通常の視床のニューロンは一本の内側毛帯線維から感覚入力を受けますが、切断したマウスでは、わずか一週間以内に複数本の線維から入力を受けるようになり、予想よりはるかに早期に内側毛帯線維の回路の配線が「つなぎ換え」られることが分かりました(図2)。さらに、新しくできた配線には、発達期にしか観察されないGluA2という神経伝達物質の受容体が発現しており、あたかも幼若期のようなゆっくり情報を伝達する配線になることも分かりました(Takeuchi et al., J. Neurosci. 2012)。また、このような処置をした動物は幻肢痛様疼痛反応を示すことも行動レベルで確認できました。
![]() 図2 末梢神経損傷後の内側毛帯線維投射変化 全細胞パッチクランプ法により、視床神経細胞から内側毛帯線維を介するシナプス電流を記録した。 |
一連の結果は、「末梢神経が損傷しても、中枢の神経回路は改編されず、何年も経た後に不可逆的に改編される」という従来の仮説を覆す発見でした。損傷後極めて早い時期に回路のつなぎ換えがおきることは、その時期に適切なリハビリや薬物療法がなされれば、幻肢痛の発症を防いだり、治療が行える可能性もあります。また、GluA2は新生されたシナプスのみで発現することから、この発現変化の発見は、幻肢痛の診断やリハビリの効果を測る新たなバイオマーカーに繋がる可能性があります。今後は、神経損傷によるどのような変化が改編スイッチをオンにするのか、その分子メカニズムを明らかにしたいと考えています。
(記事制作協力:日本科学未来館 科学コミュニケーター 水野 壮)