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最近の研究結果

 科研費により支援する学術研究では、毎年度、数多くの優れた研究成果が生み出されています。文部科学省及び日本学術振興会では、四半期毎に「科研費NEWS」を発行し、「最近のユニークな研究成果の例」として、科研費による研究成果の一部をご紹介しています。

 このコーナーでは、過去に「科研費NEWS」で掲載された「最近のユニークな研究成果の例」を分野毎に紹介しています。


人文・社会系理工系生物系


生物系(生物学)

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ピロリ菌が作る蛋白質(CagA)が胃癌を惹き起こすメカニズムを発見

北海道大学遺伝子病制御研究所教授 畠山 昌則

【研究の背景】

 ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)は1983年に発見されたヒトの胃に棲み着く細菌で(図1)、慢性胃炎や潰瘍の主たる原因であることが既に明らかにされています。
 最近の疫学調査からは、胃癌発症とピロリ菌感染との間に強い相関が見出されていましたが、両者をつなぐ分子機構はこれまで不明でした。
 胃癌は我が国の部位別癌死亡の第2位(男性2位、女性1位)を占め、毎年約5万人の日本人が胃癌で命を奪われています。このため、効果的な予防・治療法開発は大きな課題です。

【研究の成果】

 私たちは、ピロリ菌が自ら産生する蛋白質(CagA)を直接ヒトの胃の細胞の中に注射するというユニークな現象に着目しました(図1、2)。
 このCagAは、胃細胞の内部に侵入した後、細胞内に存在する他の蛋白質の働きを阻害します。
 CagAは、まず、細胞内の蛋白質PAR1と結合して胃粘膜を構成する細胞間の接着構造を断ち切ります。次に、別の蛋白質SHP-2を活性化することにより、細胞の癌化につながる異常な細胞増殖を惹き起こします(図2)。
 このCagAの発癌活性を生体内で直接検証するため、cagA遺伝子を組み込んだマウスを作製して、CagAを発現させたところ、胃癌に加え小腸癌さらには白血病が発症しました(図3)。

【今後の展望】

 この研究により、ピロリ菌の作るCagAが「細菌性癌蛋白質」という、これまでにない全く新たなカテゴリーの発癌蛋白質であることが明らかになりました。また、CagAの細胞内標的として同定されたPAR1ならびにSHP-2は、胃癌の予防・治療につながる新たな分子標的としてきわめて重要な意義を有することがわかりました。
 今後は、本研究で示した胃癌発症のメカニズムをもとに消化器癌の発症を統一して理解する分子機構を明らかにし、多くのヒト癌に適用可能な治療法開発への道を探りたいと考えています。

【活用された科研費】

平成17―20年 特定領域研究「ヘリコバクター・ピロリ感染を基盤とする胃がん発症機構とその制御」
平成19―20年 基盤研究(B)「プロテオミクスを用いたヘリコバクター・ピロリCagAによる胃粘膜破壊機構の解明」

図1

図1 胃の細胞に感染しているピロリ菌の電子顕微鏡写真
A. 胃の細胞の表面に付着しているピロリ菌(らせん状によじれた白く細長い細菌)(写真は浅香正博博士より提供)。
B. ピロリ菌の表面からは多数の注射針が出ており、これらの針は直接胃の細胞に突き刺さっている。この針を通してピロリ菌はCagA蛋白質を注入する(写真はRainer Haas博士より提供)。

図2

図2 ピロリ菌CagAによる細胞内シグナル伝達機構の撹乱
細胞内に侵入したCagAは、PAR1と結合しその酵素活性を抑制することにより細胞間接着装置であるタイトジャンクションを破壊し、上皮細胞極性を崩壊させる。CagAはさらにヒト癌蛋白質として知られるSHP-2と結合し、その酵素活性を亢進する結果、細胞の増殖異常を惹き起こす。

図2

図3 ピロリ菌CagA蛋白質による癌の発症
CagA蛋白質の設計図であるcagA遺伝子をゲノムに組み込むことにより、全身性にCagAを発現するトランスジェニックマウスを作製した。このマウスでは、生後72週までに胃癌・小腸癌ならびに白血病が発症し、CagAの発癌活性が個体レベルで初めて証明された。

※所属・職名は執筆時のものです。

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