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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.67(平成26年8月発行)

「科研費審査を通して学んだこと」

宍戸 昌彦 岡山大学 異分野融合先端研究コア コア長

宍戸 昌彦
岡山大学 異分野融合先端研究コア コア長

科学研究費補助金には今まで大変お世話になった。種々の基盤研究、種々の重点領域研究、また特別推進研究までいただけたことは幸運であった。またそのおかげか、科研費を始め各種の外部資金審査にも関わることができ、いろいろな科学分野の最新情報に接することができた。特にヒアリング審査では、各分野のトップレベルの研究者がそれぞれの分野の到達点と今後の発展について分かりやすく説明される。審査で得た情報を外部に漏らしたり、自分自身の研究に生かしたりしてはいけないのであるが、間接的にはずいぶん有益であった。少なくとも科学的刺激を大いに楽しむことができた。逆に応募者にとっても、自身の研究分野が科学全般の中でどのような位置づけにあり、その発展がどのような意味を持つかを考え直す絶好の機会になっていると思う。科研費の応募を機会にそのような視点を身につけることができるのであれば、それだけでも科学の発展に大きな役割を果たしていると言えるだろう。

「カレーライス」と「ラーメン」とはどちらが美味しいか

科研費の審査で難しいのは、同じ細目の下であっても研究内容にかなり広がりがあることである。上記のように科学全体からの視点で説明していただける場合はよいが、かなり専門的な視点で説明される応募者も多い。審査員自身はまだ食べたことがない「カレーライス」と「ラーメン」はどちらが美味しいかというような質問に回答しなければならない。もちろん審査書類にはその分野の専門家の意見がついており、大いに参考になっている。しかしその意見を参考にするうえで、専門家同士が互いに批評をぶつけ合って発展させてきた分野と、専門家同士が協調してきた分野があることは考慮する必要があるだろう。この状況で、研究の意義や将来展望を科学全体の中で位置付けている応募者が有利になるのは当然と思われる。応募者はそれぞれの立場から自身の研究や分野の重要性をアピールされるが、審査員は科学全体から見てその重要性を順序付けなければならない。その意味で科研費審査会はまさに応募者と審査員との戦いの場である。

分野間の競争が今後は重要

カレーライスとラーメンとの味比べならまだ同じ分野であるし、少なくとも主観的な判断ができる。しかし大きく異なる分野間の比較は審査員の力を超えている。理工系全体で審査される特別推進研究などでは、判断が非常に難しくなる。毎年、国の予算編成をされている財務省のお役人は毎年どのようにして査定をされているのだろうか。科研費から話がずれるが、今後は分野間の競争が社会や大学で大きな問題になることが予想される。大学拡張期が終わり、もはや新分野のための教員増は期待できない。重要性が低い分野を縮小し、新しい分野をいち早く取り入れるスクラップアンドビルド(分野改廃)が今後の重要課題になるだろう。科学研究のスピードが飛躍的に増し、研究課題の短寿命化が進んだことが分野改廃の必要性を増加させている。これは、われわれやそれ以前の世代の大学教員がまったく経験してこなかった厳しい試練である。しかしこれを誤ると大学の将来、さらには日本の科学技術の将来が危うくなることは明白である。分野改廃のためには種々の科学分野を客観的に評価できる人が必要になろう。最近多くの大学でURA(大学等における研究マネジメント人材)制度が導入されたが、彼らがその役割を担うのであろうか。科研費審査などを通して広い科学分野を俯瞰できる大学教員を育成することが強く望まれる。

スケールが大きな教員の育成

国立大学法人化以降の大学改革で小講座制が徐々に崩れ、研究組織の小型化が進んでいる。またテニュアトラック制度やJSTのさきがけなどで若手を自立させる動きも活発である。このような組織の小型化は分野改廃を容易にするだろう。ただし今なお多くの研究者は「タコつぼ」型研究に慣れており、その分野では一流であるが、他の分野のことは知識もなければ興味もないことが多い。学部で研究室に配属されて以降、そのまま同じ研究室で博士号を取得して教員になっていること、すなわちワーカーとして育てられていることがその原因である。修士課程までは種々の分野を学ぶクラスワーク中心の方がスケールの大きな研究者に育てられるだろう。またそのように育てられた教員は、新しい分野にも柔軟に移行できるに違いない。以前から文科省はこのような流れを推奨している。分野改廃で自分の分野がなくなることを嘆いたり、抵抗したりする前に、いち早く自分から新分野を創り、新領域を開くことが今の若手研究者には求められている。

研究が先か、研究費が先か

科研費の配分は他の外部資金に比べてもはるかに研究者個人の実力を正確に反映し、公平に配分されていることは間違いない。文科省も大学評価に科研費採択件数や獲得額を重視しているようである。また各大学でも実験系の教員評価に科研費獲得実績を取り入れているところが多い。旧弊のいい加減な大学評価や、主観的な人事評価に比べれば、このこと自体はポジティブに捉えられる。ただ、最近になって副作用も目立ってきたようだ。つまり科研費を獲得するために研究をするような風潮が出てきた。現実には科研費がなければ一人当たりの運営交付金は年間数十万円程度であり、学生と毎日セミナーするだけで終わってしまう。大学が作成した申請の手引きなどには「良い研究課題を見つけたら科研費を申請し、採択されてから研究に取り掛かろう」という趣旨で書かれているが、実際、研究者の間では「とりあえず科研費を獲得するために、成果を得やすいテーマで論文を量産し、研究費の確保ができたら本来の研究に取り組む」ことになっている。これがさらに昂じると、「とりあえずいい加減な論文を書いておく」ということになる。ただしここで「いい加減な論文」とは研究費や研究時間、マンパワーの不足のため十分な論証に至っていない論文という意味であり、決して捏造論文ではない。しかし倫理観が不足した一部の研究者にとっては、その行きつく先はデータを捏造ということになるかもしれない。もちろん科研費獲得競争が捏造論文の原因となっていると言うつもりはない。それは資本主義経済がにせ札作りの原因であると言うのと同程度の飛躍だろう。ただし、紙幣捏造は犯罪であり罰せられるが、論文捏造は今のところ刑事罰は受けない。非常に残念なことだが公的研究費受領時に、データを捏造すれば辞職するなどの誓約書に署名させるなどの言質を取ることが必要だろう。

※所属・職名は執筆時のものです。

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