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私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.40(平成24年5月発行)

「中近東世界に於ける考古学的発掘調査」

>(財)中近東文化センター附属・アナトリア考古学研究所・所長 大村 幸弘先生
大村 幸弘
(財)中近東文化センター附属・アナトリア考古学研究所・所長

  東西文明の接点に位置するトルコ共和国には、色々な形態の遺跡が存在する。中でもホユック、テペと呼ばれる丘状遺跡の数は優に1万を超す。トルコ共和国のアナトリア高原は、民族の通過地でもあり、ホユックには幾つもの文化が積み重なっている。換言すると、多くの都市の痕跡がその中に堆積している。そして、一つの遺丘を発掘すれば約1万年の年表を作ることができる。この年表作りは考古学研究における基本的な作業である。従来、この作成を行ってきたのは欧米の研究者であった。19世紀から21世紀にかけて、彼らは無駄とも言える時間と費用を使いながら膨大な出土遺物を整理し、文化編年を構築し、中近東考古学等を確立したと言えよう。1972年以来、私はトルコ共和国で発掘調査を行ってきたが、日本がこのような基本作業に全く関わっていないことに気付いた。

  1985年、トルコ共和国のほぼ中央部に位置するカマン・カレホユック遺跡で考古学的調査を開始した。この調査の目的は、カマン・カレホユック遺跡の『文化編年』構築であり、それによって中近東と南東ヨーロッパの狭間に位置するトルコが歴史的、文化的にどのような役割を演じたのかを解明することであった。欧米の研究者が作り上げた物差しをそのまま利用しながら研究を進めるのであれば、そこから新しい歴史的視点を生みだすことはなかなか難しい。それを打破するためにカマン・カレホユックの発掘調査を行うとすれば、それは長期に亘る発掘と研究の継続を覚悟しなければならなかった。

  考古学研究で最も重要なことは、もちろん遺跡の発掘である。そしてそこから出土する考古資料が、研究を展開してく上で極めて重要である。資料の多くは土器片であり、獣骨等であり、何れも『もの言わぬ』ものばかりである。しかし、この莫大な資料を丹念に整理して行くと、古代の文化が徐々にその姿を現し始める。これは研究者が常に遺跡、出土遺物の側に居て初めて可能なことであり、1ヶ月程度の調査を数年に亘って行ってもできるものではない。

  カマン・カレホユックでも、『文化編年』の構築というテーマを遂行する上で最も重要なことは資料の集積であった。これらの全ての資料を収集し、整理した時、それまで解明出来なかった問題点の糸口を見出すことが可能となる。前12〜8世紀までの文化的、歴史的に取るに足らない時代、つまりギリシャ、トルコ等中近東世界で『暗黒時代』と言われた時代が、高度の文化を持ち合わせていたこと、また、全ての資料を収集する中で、鉄器時代の開始が、これまでの定説である前12世紀ではなく、かなり遡る可能性を指摘できたのも、この様な作業過程の中で見出したものであった。

  カマン・カレホユックでは、1986年の発掘調査開始と同時に、出土遺物を整理し保管することを先決問題とした。そのためには、どうしても現地に恒常的施設を作る必要性を強く感じていた。この建設で、研究施設の確保と共に最も重要視したのが、出土資料を保管する場所、もう一つは文化の変遷の背景を読み取るために資料を層序的に並べる場所だった。カマン・カレホユック遺跡の発掘調査では、『暗黒時代』、『鉄器時代の開始時期』の解明の糸口も、長期間の発掘調査で出土した遺物を保管出来る収蔵庫と遺物を一同に並べる広さの施設を持ったことで可能になったのではないかと考えている。

  しかし、こうした施設が存在しても、継続性のある調査が展開されない限り、歴史的に意味のある成果を導きだすことは難しい。欧米諸国が中近東世界のみならず世界の主要都市に研究施設を設置し、長期戦の研究を常に支える体制を維持している背景には、継続性のある発掘調査、研究が生みだす成果を熟知しているためである。

  カマン・カレホユック遺跡では、1986年の第一次調査以来、現在まで同じテーマで継続して発掘を行ってきている。その発掘調査の過程で、平成9年〜平成11年に基盤研究(A)「­アナトリアの古代遺跡出土遺物の産地推定」、平成14年〜平成18年に基盤研究(S)「古代アナトリアの文化編年の再構築−カマン・カレホユックにおける前3−2千年紀の文化編年−」、平成22年〜平成26年に基盤研究(S)「アナトリアに於ける先史時代の『文化編年の構築』」の助成を受けたことで、その調査目的の達成を大きく前進させることができていると考えている。

  上述したように、考古学にとっては長期間の継続調査が必要不可欠なことである。考古学の発掘調査に短期間で結果を求めることは、正しい研究姿勢とは言い難い。どのような調査目的にしろ、僅かな面積を発掘したことで、それなりの結論を出すことは可能ではあっても、歴史の骨格に関わる問題や新たな視点を生みだすことは極めて難しいと言える。

 今後、海外の発掘調査と言えども、歴史の根幹に関わる成果を期待するのであれば、短期決戦型の資料を持ち帰るだけの調査研究ではなく、これまで欧米を追随してきた日本が、長期間を見据えた研究計画の下に先導的な役割を演じ、欧米諸国の研究者とも真の意味での共同研究を実現して行く必要がある。そのためにも、これからの科研費は、今後の日本の人文科学の命運にも深く関わるものであり、大きな重責を担っていると言えよう。

※所属・職名は執筆時のものです。

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