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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.38(平成24年3月発行)

「音声研究へと導いてくれた科研費」

早稲田大学・学事顧問 放送大学学園・理事長 白井 克彦先生
白井 克彦
早稲田大学・学事顧問
放送大学学園・理事長

 思い起こしてみれば、自分のこれまでの研究生活の重要部分は科学研究費補助金に支えられてきたことは明らかである。まず、研究に自由に使えること。それほど大きな金額でなくても工夫して有効に使うことを、随分考えた記憶がある。

 指導する学生達が多くなってからは、研究テーマの開拓と同時に、研究費の獲得は両輪のようになる。理工系の大抵の研究室では、多かれ少なかれ、教員はその運営に精力を使う。勿論、研究室によっては科研費以外の補助金もあるし、産業界との共同研究による収入がある場合もあるから、色々だろう。私は毎年、正月になると去年の評価と今年の計画を考える。学問的には、期待した程には結果が出てこないことも多々あるが、今年は申請中の科研費が通ればこうしたいものだとあれこれ考える。この時間は勝手な想像の時間で、具体的に何かするわけではないが、大変楽しい時間である。

 大学が始まり、学年末や入学試験などが慌ただしく過ぎれば、もう四月新学期である。この現実進行と正月の夢にはいつも乖離があったけれども、研究、若手育成及び研究室マネジメントを現実的に構成可能にする大きな要素が科研費であった。

 つぎに科研費の大きな役割は、いうまでもなく、グループを構成して進める研究を可能にすることである。自分の研究の中で大きな転機を与えてくれたのは、科研費によるロボットの共同研究であった。早稲田大学の理工学部内であったが、機械、電気、通信、応用物理の学科を越えたプロジェクトは、当時(1960年代)としては珍しかった。WABOT(WASEDA ROBOT)の音声対話系を作るのが私の仕事であったが、それがその後、音声認識や音声合成、音声対話などの研究に進むきっかけとなった。WABOTⅠの研究は、二足歩行、視覚、聴覚などを持つロボットとして画期的成果を生んだ。プロジェクト成功の要因は、メンバーの若さということになるだろうが、今と比べれば途方もなく自由な発想と時間だったと思う。

 もう一つ重要なのは、科研費を通じた同一分野の研究者によるプロジェクトにおける交流である。私も、特定研究や重点領域研究など、色々なプロジェクトに参加させてもらった。若い頃は、勿論、端の方での参加であったが、学会の研究会とは少し趣きが違って、各大学の諸先生方が、それぞれどのように教育研究されているのか現場に触れることができて、学問以外にも大変勉強になった。当該研究分野をどうやって活性化して行くべきか、海外との競争、国際会議を含む交流の推進など、情熱を注いだことが思い出される。科研費による音声言語研究のプロジェクトは、関係者の協力により活発に継続されて、この分野の日本の研究を大いに高めることになった。現在の日本学術振興会理事長安西祐一郎先生とも同じグループで研究したのも懐かしい。

 そんなわけで、科研費には大変お世話になったが、欲を言えば色々注文もある。自由な研究をサポートするという科研費の趣旨から、応募に対して公平なピア・レビューによって採否が決まる。この基本は昔から変わっていないが、システムの大きな特徴として、理系、文系に関わらず一つのシステムで運営されていることがある。今日、昔からの学問の境界を超えて、新たな問題に取組む必要性は大変高くなっているが、従来の分野で分類できる研究は、依然として大多数を占める。その分野間、たとえば理工学系、人文系、社会科学系、医学系などで、研究、費用、体制にかなりの相違があるのが現実である。これらを一律のやり方で扱うのが適切であろうか。学術といっても、理工系と人社系、さらには新しいタイプの研究とでは確かに性質が異なる。その振興のために資金を供給するとすれば、その方法は異なっても良い。現在のように採択率が充分高くない現状では、分野毎の配分はどうしても応募の量に比例することになるが、もう少し新しい学術分野や人社系の発展に適した予算配分が工夫されて良い。

 他方、研究費の使用について、年度を越えた使用を可能にするなどの柔軟性を増す方策がとられるようになったのは、研究者にとってはありがたい。また、プロジェクトによっては中間評価があるのも大切なことであるが、研究者が中間評価を受けるという受動的な対応にとどまることなく、研究の進展によっては、途中で研究内容の一部変更や研究費の追加を申請できるようにすることも、ダイナミックな研究の遂行を可能とするであろう。

 もう一つ、 学術には現代社会の諸課題の解決につながって実社会に広く貢献すると共に、普遍的でグローバルに意味のある学問を創造することが強く期待されているが、後者に必要な価値判断や評価は、固定的分野の中では、専門レベルが高いが故に生まれにくくなる。科研費でどのような研究が支援され、学術がどの方向に進もうとしているのか社会一般の理解を得て、評価を求めるため、場合によっては、学者だけでなく一般人にも実際に研究に協力してもらうこともありうるだろう。

 また、若い研究者の参加による人材育成と同時に、得られた研究成果については、社会に直接的に還元されるだけでなく、研究者を通じて、次世代の学生に伝えられることも重要である。中心研究者が所属する大学等以外でのレクチャーやセミナーを行うことを求めることも、日本の学問レベルを底上げするのに役立つであろう。

 要は、科研費を研究者仲間に閉じたものとせず、社会に開かれたものとしなければ、社会の知としての学術を育てることはできないのである。

※所属・職名は執筆時のものです。

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