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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.23(平成22年12月発行)

「科研費が置かれている文脈を考える」

京都大学・霊長類研究所長 松沢 哲郎先生
松沢 哲郎
京都大学・霊長類研究所長

 チンパンジーを通して「人間とは何か」を考えてきた。研究 パートナーであるアイが1歳のときに研究所にきた。1977年なので33年が経過したことになる。

 初めて出会った日。窓も無い薄暗い地下の一室。顔をのぞきこむと、見つめ返してきた。白衣の黒い袖あてを引き抜いて差し出してみた。受け取っていきなり腕にはめたので驚いた。しばらく腕に添って上下させたあと、返してくれたのでまた驚いた。

 彼らの自然の暮らしを知るためにアフリカに行った。毎年の野外調査も今年で26年目になる。一組の石を使って硬いヤシの種を叩き割る。アフリカ中でその群れだけの文化的伝統だとわかった。

 2000年にアユムという息子が生まれた。4歳で数字を覚え始めた。5歳半で検査してみると、一瞬で9つの数字を記憶する能力は、人間のおとなより優れていることがわかった。10年間の親子の歩みを振り返って『人間とは何か:チンパンジー研究から見えてきたこと』(岩波書店、2010)を出版した。

 これらすべて科研費によるものだ。奨励研究に始まり、今の基盤研究C、B、Aを経て、特別推進研究をいただいている。大学は文学部哲学科の出身で心理学を学んだ。審査区分は人文・社会系である。科研費と聞いて、まず感謝の気持ちがわいてくる。それなしにチンパンジー研究を続ける術は無かった。

 「私と科研費」と題された本欄を執筆するにあたり、バックナンバーを拝読した。小林誠さんに始まり、直近の金澤一郎さんまで、2年間で23人の執筆者である。皆さん、ご自身の科研費との関わりを語り、その制度について提言しておられる。共通しているのは、科研費を有効なシステムと高く評価している点だ。わたし自身、書面審査や合議審査をする側にもまわった。研究者による審査システムが、永年の蓄積で定着している。

 白川英樹さんの回を読むと、わたしが大学に入った昭和44年度に、科研費の規模は約60億円だったそうだ。その後をたどると、平成元年度で約530億円、平成22年度は約2000億円。科研費だけみれば、増加率こそ鈍ったとはいえ、順調な伸びといえるだろう。

 間接経費をつけるようになった。次年度への繰越が可能になった。電子申請になった。優秀な審査者の表彰制度も導入された。工夫を重ねながら、年間新規10万件以上の申請に、延べ6000人以上の審査委員を投入する現行制度が成り立っている。

 科研費制度そのものに大きな問題は無いと思う。そこで、科研費が置かれている文脈のほうに眼を転じてみた。研究資金と人材育成という視点から学術研究の課題を指摘したい。

 研究資金として、国立大学法人運営費交付金を例に取る。平成22年度は1兆1585億円。国立大学の運営に不可欠な交付金だが、伸びるどころか毎年削減されている。法人化当初の平成16年度は1兆2415億円だった。過去6年間で830億円削減された。6.7%の削減である。平成22年度の東京大学の運営費交付金が約856億円なので、わずか6年間で東京大学の運営費をほぼゼロにしたことになる。大学という高等教育の土台を掘り崩しているといえるだろう。

 研究資金のあり方は3階建てが望ましいと思う。まず運営費交付金で、優秀な教員を確保し安定的な研究費を保証する。次に科研費をもって、文理を問わずすべての学問分野を覆う競争的資金とする。その上に選択的資金があり、政策的判断で厳選した学問分野へ集中的に投じる。諸外国は軒並み、学術研究への公財政支出を拡大している。日本だけが例外だ。運営費交付金の復旧をまず切望したい。

 次に、次世代の人材育成について述べる。優秀な学生ほど大学院に残らない。研究者をめざさない。25歳がお肌の曲がり角でなくて、人生の曲がり角になっている。

 18歳で大学に入る。22歳で卒業して大学院に入る。博士課程に進むと25歳を迎える。同じ25歳でも医学部を卒業すれば、研修医となり年収約400万円。一方、大学院博士課程だと特別研究員DC1が年収240万円。それも申請3人に1人弱しか採択されない。3年後に博士学位を取得してもPDになれるのは8人に1人だ。路頭に迷う制度設計に無理がある。

 何よりも「安心して研究できるポスト」が重要だ。快刀乱麻の提案として、「特別助教1000人計画」を考えた。任期10年の助教ポストの創設である。英国王立協会のフェロウ制度を模した。年収600万円。1000人雇用して、年間予算60億円である。毎年の経費とはいえ運営費交付金の0.5%にすぎない。

 日本学術振興会のSPDに近いが、似て非なるものだ。まず身分を教員とする。10年という長期間を保障し、給料以外はすべて受け入れ大学の負担とし、科研費は本人しだいとする。最優秀の人材なので平均5年でテニュアの職に就くと仮定しよう。毎年約200人程度を確保できる計算だ。

 安心して研究できるポストを用意する。それが提案である。

※所属・職名は執筆時のものです。

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