お問い合わせ先

独立行政法人 日本学術振興会
研究事業部 研究助成企画課、研究助成第一課、研究助成第二課
〒102-0083
東京都千代田区麹町5-3-1
詳細はこちら

科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.22(平成22年11月発行)

「科研費の審査への協力は研究者としての責務」

日本学術会議・会長 金澤 一郎先生
金澤 一郎
日本学術会議・会長

 研究者として初めて文部省科研費に応募して、なにがしかの研究費の配分を受けたときの感激は、今でも忘れることができない。「自分の考えを認めてもらえた」という思いは、それ以後私が研究を続けてゆく際の、極めて強いドライブになった。

 このようにして、文部科学省の科研費によって育った研究者は数知れない。しかしながら、最近は不思議な風潮が耳や眼に付くようになった。それは、「いわゆる科研費は研究者達の趣味のようなもののために税金を使うのだから、増やすべきでなくむしろ抑制するべきである」というような乱暴な議論である。研究の種類については議論を始めるときりがないのだが、少なくとも日本学術振興会がcuriosity-driven researchをmission-oriented researchと対比させているのは実務的で分かり易いが、ヘタに日本語に訳してしまうと「好奇心に突き動かされた研究」と「明確な使命を果たすための研究」となる。そして、「好奇心を充たす研究」とは要するに趣味でやっているのだろう、と思われてしまう。一方、「使命を果たす研究」は出口が明確なだけに世間受けすることは確かである。だから訳さないほうが良い。まただからこそ、逆に「好奇心に突き動かされた研究」を大切にしないと、将来の日本の科学のみならず日本の社会そのものを担う次世代の若者達が育たなくなることを本気で心配している。これが、科研費に対する私の基本的スタンスである。

 次に、以上述べてきたような「科研費が持つ基本的な性格」を発揮するためには、今の制度が適切かどうかについて考えてみたい。日本学術振興会が協力しながら、文部省や文部科学省がこれまで積み重ねてきた科研費の制度設計には、それなりの年輪が刻まれていて、一口に言うと私は非常に良く考えられ、推敲されて、出来上がった「作品」のように思える。ただ、敢えて一つの苦言を呈することにしよう。それは、あまりにもフェアネスを追求するが故に、ある一律の基準の中に押し込めようとする傾向が強すぎるように思えることである。これは恐らく70%以上の応募者が落選することと関係していて、落選組からの憶測に基づく色々な不満、文句、果ては誹謗中傷などが飛び交うことと無関係ではないだろうことは想像に難くない。そうした「苦言」に対しては、多様な基準で対応する方がよいのではないかと私は思っている。例えば初めて科研費に応募した若者に対しては(アメリカのNIHとは逆に)採択率を50~60%くらいに高めて、とにかくまず研究というものをやらせてみる、というような事を考えてはどうかと思う。その代わり、その後の成長振りが思わしくないことを誰かがどこかで判断したら、以後は研究者としての適正性を問うのも良いだろう。一方、功成り名遂げて世界に通用する研究者には、ある程度の期間、研究費を保証する制度があっても良いだろうと思っている。勿論これらには異論があるだろうし、そう簡単に実行できそうにないが、これくらいの思い切ったアン・フェアネスを実行する気概があっても良いのではないだろうか、と無責任に考えている。そうしないと世界での競争に勝てそうにない。

 世界といえば、今世界的に研究費への応募が多くなり過ぎて審査が十分にできない、と困っているらしい。事実アメリカやドイツなど多くの国で応募資格に何らかの制限をかけようとしている。その点で、日本学術振興会は大変な努力をして研究者の協力を取り付けながら審査をやっている。記憶が確かならば、一つの申請に4~6名の審査員が評価点をつけ、一人の審査員は最大でも150件以内の申請を評価する、ということになっていたと思う。分科・細目ごとにきちんとした審査をするには、5000人以上の研究者に協力してもらわないとならない。信じられないことだが、研究者の中には、科研費を貰うときは喜んで貰っていながら、審査を頼まれると忙しいからいやだと平気で言う人がいると聞かされた時には、本当に暗澹たる思いであった。それはともかくとして、日本では「フェアネス」を崩すことはできないという妙な制約があるので、今の審査方式の大筋を崩すことは困難であるように思われる。研究者の責務であるともいえる「ピア・レビュー」への協力を拒む人が今後も増え続け、審査に影響を来すような時代になれば、科研費制度は崩壊してしまう。審査への協力は研究者としての責務であることを、今一度、認識していただくことが必要であろう。義務を履行しない人に対しては、ある種の制限をかける方法があっても良いと思っている。無責任な発言と受け取ってもらっても良いが、私は意外に本気である。

※所属・職名は執筆時のものです。

これまでに掲載された記事は下記からご覧いただけます。
過去の掲載記事はこちら。