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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.19(平成22年8月発行)

「ホヤの発生・進化研究:科研費に支えられて」

沖縄科学技術研究基盤整備機構・マリンゲノミックスユニット代表研究者 京都大学・名誉教授 佐藤 矩行先生
佐藤 矩行
沖縄科学技術研究基盤整備機構・マリンゲノミックスユニット代表研究者
京都大学・名誉教授

 科研費に関連して少し述べてみたい。私は30年以上にわたり海産無脊椎動物のホヤを相手に動物の発生と進化の分子発生生物学的メカニズムの解明に取り組んできたが、ホヤというような発生学研究ではマイナーな生物を対象にした基礎研究が進んだのは科研費による支援を抜きにしては考えられない。京都大学で30歳の頃に完全に独立して研究を行う環境におかれた。ホヤの研究を新たに始めたのはその頃で、従って私にはこの研究での師はいない。しかし多くの有能な大学院生に恵まれて研究は進展し、動物の発生のメカニズムについて多くの成果を残せたと思う。また2002年には日米の共同研究でカタユウレイボヤのゲノムを解読した(動物としては7番目のゲノム解読)。これを契機に、ホヤの発生遺伝子発現制御ネットワーク研究は世界的な広がりをみせている。

 ホヤ(尾索動物)は、また私達ヒトを含む脊椎動物に近い動物である。尾索動物と頭索動物(ナメクジウオ)のどちらが脊椎動物により近縁かをめぐって100年以上にわたり議論が続いてきた。ホヤに続き2008年にはナメクジウオのゲノムを解読し、「頭索動物が最も祖先的で、ホヤと脊椎動物は姉妹群」という脊索動物の進化に関する一応の結論を出した。この間の研究は、特別推進研究への採択も含め、ほとんど絶えることのない科研費に支えられてきた。とくに、この10年間はゲノム関連の科研費に支えられ、比較的大きな視点からゆっくりと研究を進めることができた。

 国際学会などの折に、国外の研究者から「日本ではホヤを使った研究でなぜそれだけの研究費がとれるのか」と何度も聞かれることがあった。外国ではこうした基礎研究で研究費を得ることは難しいという。もちろんこれにはいろいろな要素が混在している。しかし、国内のホヤ研究者の中で私だけが科研費を得ているのではなく、多くのホヤ研究が科研費によって支えられていることを考えると、一つの大きな要素は科研費の審査システムにあるのだと思う。つまり、日本では科研費の採否を審査するのは完全に研究者同士であるということである。従って、例えば発生生物学の分野である程度の業績がありその研究プロポーザルが妥当であれば、その対象がホヤであれプラナリアであれ、その申請は複数の審査員から正しく評価され、研究費の採択に至るケースが多い。ある政策的な意図をもって研究費の採否を決めることが許される特定の研究費制度で審査が行われていたとしたら、こうはならなかったのではないだろうか。

 最近我が国では一部の研究費が大型化し、また目的指向の高いトップダウン式の研究費が増えている。そこでは独特の審査体制があってしかるべきであろう。しかし、日本の人文・社会科学、自然科学の全分野の基礎研究をカバーする科研費は、研究者同士が相互に評価するという現在の審査体制が望ましいと感じる。この審査方法ではいわゆる新興分野での研究に対応できないという話を耳にする機会もある。しかし、グローバル化をどう捉えどう対処するかという選択肢の中に、現行の審査体制を維持することにより日本が伝統としてきた基礎研究の良さをさらに伸ばすという肢もあるのではないかと考える。

 話が少し飛ぶが、平成19年春から日本学術振興会学術システム研究センターで主任研究員として働く機会を得た。主任研究員の任務は責任も重く、この春に3年間の任務を無事終えられたことを嬉しく思っている。この3年間にシステム研究センターでの職務内容は大きく進化した。平成19年度当時は審査の細部(例えば申請書の様式)の改良に議論を費やすことが多かったように記憶するが、平成21年度は多くの時間を科研費のあり方そのものをめぐって議論ができたように思う。この議論の中で、「科研費が歴史を経て現在に至っている」ことを強く意識させられた。すなわち、今でも科研費の一部は文科省と学振に分かれて審査が行われていること、学振サイドの科研費も特別推進研究と基盤研究などの異なる審査体制に加えて、基盤研究 S,A,B,C、さらに若手A,Bなど研究費に応じた幾つもの申請システムに分かれている。またこれまでに消滅したものも多い。つまり、現在の科研費システムはその時々の問題を洗い出し、より良いシステムを目指してきた結果ではあるが、振り返って比較的無垢な眼で見てみると、システムは複雑化しすぎのように見える。研究者が研究費を獲得して研究を進めるという基本的観点からすると、もう少しシンプルであっても良いのではないだろうか。平成25年度から始まる科研費の分科・細目の見直しに向けて作業が始まりだしている。できれば、どこかで、これからの5年、10年先の科研費システムにむけた議論が始まることを期待したい。

※所属・職名は執筆時のものです。

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