お問い合わせ先

独立行政法人 日本学術振興会
研究事業部 研究助成企画課、研究助成第一課、研究助成第二課、研究事業課
〒102-0083
東京都千代田区麹町5-3-1
詳細はこちら

科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



最新号 No.107(平成30年1月発行)

「科研費に支えられたプランB」

原田 尚美 先生
原田 尚美
国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター
研究開発センター長代理
平成29 年度に実施している研究テーマ:
「北太平洋の海洋低次生態系とその変動機構の解明 」
(新学術領域研究(研究領域提案型) )
「極域プランクトン-その特質の理解-」(基盤研究(S))

平成14年から研究開発法人の研究員にも門戸が開かれた科研費。早速申請することにした。タイトルは「南北両半球における古海洋環境の対比的研究」。北半球はオホーツク海などの縁辺海を含む北西部北太平洋亜寒帯域を中心とした海域で南半球はチリ沖を中心とした東部南大洋を対象としていた。海底堆積物を採取し、堆積物に含まれる炭酸塩微化石や有機化合物バイオマーカーに記録されている当時の海洋表層環境を化学分析によって復元するという研究である。なんとか採択された初めての科研費にとてもうれしかったことを記憶している。
   海洋学分野で成果に結実させるために重要なのは、計画通りに研究航海が実施され、想定される試料採取が達成されることである。研究航海は期間が決まっており、その間に低気圧や台風などの悪天候により計画していた観測ができなければ、最悪、成果が出ないということになりかねない。そこで、必ず、プランAに加えてプランB、Cと複数の観測計画をあらかじめ作成し、観測航海に出発する。こうすることで、問題が生じたときに、慌てることなく次のプランに観測を変更し、限られた航海期間の中で必ず研究成果を創出することができるのである。
   科研費の懐の深さは、このプランBを認めてくれている点にあると思う。例えば、平成29年度助成(平成28年度公募)まで、応募書類の記入要領では「研究計画・方法」に「研究が当初計画通りに進まないときの対応など、多方面からの検討状況について述べる」ことができるように明示されていた。まさにこれは、観測計画のプランBやCについて記載を認めてくれていることを意味し、本来のプランAではなくとも研究の進行を認めてくれているのである。ここの記述があることでどれだけ助けられてきたことか!
   例えば、上記の「南北両半球」科研費の研究では、海洋地球研究船「みらい」にてチリ沖南緯50度を超えた外洋域で海底堆積物を採取する計画になっていた。ところが巨大低気圧が襲来し「みらい」はマゼラン海峡に退避。幾度もの低気圧の襲来により一度も南大洋の沖合へ出ることができないまま航海期間のリミットが近づき、マゼラン海峡に海底堆積物採取点を設けたプランBに変更して航海を終えた。続いて平成19年開始の「ベーリング海東部陸棚域における過去100年にわたる生態系変動」を明らかにする科研費(本科研費については、平成18年度に実施された研究航海で収集したデータを分析する計画であった)。この科研費の成果創出のためのプランAはベーリング海峡を超えて北極海にて観測を実施する計画になっていた。ところがこの年の海氷状況が想定以上に悪く、全く北極海に近づくことができない。プランBは、観測対象海域を北極海からベーリング海の北部〜南部にわたる海域にそっくり変更するという、かつてないほど大幅な変更を余儀なくされた。しかし、この変更が功を奏し、想定していなかった円石藻という植物プランクトンの大増殖を現場でリアルタイムに捉えることに成功。近年、ベーリング海で増加傾向にあったもののその機構がわからなかった円石藻大増殖について、過去100年程度の海底堆積物の記録と合わせ、20〜30年の自然変動である北太平洋数十年規模振動の温暖期のタイミングに近年の温暖化が加わったことが要因であることを明らかにした。この成果はプレスリリースも実施した。次に獲得した科研費は対象海域を北極海に据え「北極海の海氷激減−海洋生態系へのインパクト−」というタイトルで、近年の海氷減少が海洋生物の生産や群集組成にどのような影響を及ぼすのか?を明らかにする目的で平成22年からスタートした。観測の目玉はマリンスノーと呼ばれる、海洋表層で植物プランクトンや動物プランクトンなどが合成する有機物粒子や、その破片や破片の凝集体が深層に沈降してくる粒子を捕捉する観測装置を北極海に設置し、1年間時系列で試料を採取した後に回収し、各種化学分析や粒子を構成する生物の群集を顕微鏡観察などで捉えながら目的を達成しようという観測研究である。ところが最初からつまずいた。想定していた海域は海氷状況が悪く、セジメントトラップ係留系を最も設置したい場所に設置することができなかったのである。急遽プランBのカナダ海盆の西端に設置場所を変更。翌年の回収の後、上記で解説した粒子の各種化学分析や生物群集の解釈を行うとともに、海洋物理モデルに生態系モデルをカップリングさせたモデルシミュレーションによる結果と合わせて解析を行った。その結果、近年の北極海沿岸域における海氷の減少が中規模渦の発生ボリュームを増加させていること、渦の内部で深層から表層に輸送される栄養塩が、渦内部の生物生産を促すといったメカニズムを明らかにした。この成果は2014年Nature姉妹紙にて発表、プレスリリースに至った。
   このようにこれまで獲得した科研費で実施してきた観測研究を時系列で思い起こしてみると、一度もプランAで実施できた研究がないことに気づく。自然相手の研究は想定通りに進まない厳しいものであることを改めて実感するとともに、プランBを科研費が支えてくれたからこそ想定外の研究結果をプレスリリースに値するほどの成果に結実させることができたとしみじみ思う。科研費は時代とともにその仕組みや記述要領が改訂されていく。実際に平成30年度助成(平成29年度公募)の記入要領から、研究計画に関する記述も見直されている。しかし是非ともこの懐の深さは今後も失わないで頂きたいと切に願う。

※所属・職名は執筆時のものです。

これまでに掲載された記事は下記からご覧いただけます。
過去の掲載記事はこちら。