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科学研究費助成事業

研究概要・成果

私と科研費

「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです

毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



最新号 No.105(平成29年11月発行)

「初めての科研費」

原 登志彦 先生
原 登志彦
北海道大学・低温科学研究所・教授

京都大学・大学院理学研究科の植物学専攻を修了し、理学博士の学位を取得したのが1983年3月であった。私の専攻は植物生態学という理学の基礎分野であり、当時も博士の学位を取得しても特に大学の助手(助教)になるには長い道のりであった。幸いにも1984年4月から日本学術振興会・奨励研究員に採用していただき、日々の生活に困ることなく京都大学での研究を続けることができた。また幸いにも継続申請が採択され、1985年4月からも奨励研究員を続けることができた。奨励研究員に配分される研究費は、たしか年間4、5万円程度であったように記憶している。その年に奨励研究員に代わる日本学術振興会・特別研究員の制度が新設され、ダメ元で応募してみたところ、幸運にも1985年10月から採用されることとなった。つまり、私は今でこそ毎年何百人(博士課程のDCも入れると2000人以上)と採用される特別研究員の、第一期生となったのであった(特別研究員(PD)第一期生は合計137名で、そのうち生物領域は計29名であった)。特別研究員になれば、奨励研究員のときに比べて”給料”が格段によくなり、何よりも科研費にも応募可能となった。そこで私の人生で初めて書いた科研費の申請が採択され、計約100万円の研究費をいただいたのであった。今でこそ特別研究員は博士課程の大学院生からでもなれ、博士の学位を取得すれば最長3年間という任期であるが、当時、任期は2年という条件で始まった制度であったうえ、予算の成立が遅れたためか、我々第一期生は1987年3月までの1年半の任期となってしまった。その後、1988年10月に東京都立大学(現・首都大学東京)・理学部・生物学教室の助手に採用されるまでは学習塾や予備校、大学での非常勤講師などで日々の生活費を稼ぎながら京都大学の研修員(つまり無給の研究員)として研究を続けたのであった。博士の学位を取得してから大学の助手に採用されるまで5年半かかったが、そのうちの計3年間は日本学術振興会の奨励研究員そして特別研究員として”給与”をいただけたこと、そして何よりも科研費までいただけたことは、私の研究者人生にとって非常に幸運なことであった。このような機会がなければ、研究者になれたかどうか・・・。感謝の極みである。
   当時の私の研究は、光や水や養分といった植物の成長と繁殖に必要な資源をめぐり植物個体どうしがどのように競争しながら植物集団全体が発達していくのかを、栽培実験、野外調査、数理モデルで明らかにすることであった。このようなもっとも基礎的な研究を大学院生、奨励研究員、特別研究員の時代に行っていたのである。東京都立大学の助手、東京大学の助教授の時代にも科研費は途切れることなく採択され、以上のような基礎研究を発展させて、自然生態系の森林や草原の生物多様性がいかにして創出され維持されているのかを明らかにするべく研究を行ってきた。当時の科研費・総合研究(A)の代表をつとめたことは、さまざまな大学や研究所の共同研究者をいかに組織して研究を進めるかについて大いに勉強になった。また特に、科研費・国際学術研究で行ったチェコ科学アカデミーの研究者たちとのヨーロッパ山地草原の種多様性の維持機構の研究は思い出深い。チェコの共同研究者の大学での教え子が、国費留学生の博士課程大学院生として私の研究室に来て博士の学位を取得し、現在はチェコの大学で准教授となっている。そしてこの原稿を書いている今現在、客員准教授として私の研究室に滞在中であるからである。この国際学術研究やその他の科研費での研究が縁で知り合った海外の研究者たちの関係者でチェコ、スイス、中国などからもポスドクとして私の研究室に来た人たちもいる。もちろん、すべて日本学術振興会・外国人特別研究員としてである。
   1996年3月に北海道大学・低温科学研究所の教授に着任し現在に至るが、寒冷圏における森林、いわゆる北方林の動態と生物多様性が近年の気候変動からどのような影響を受けているのかを一貫して調査、研究してきた。主なフィールドは、ロシア・カムチャツカや北海道の森林であるが、ここでも科研費・基盤研究(A)や(B)などなどのお世話になり研究を発展させることができた。寒冷圏の環境ストレスに対して様々な樹木がどのように対処しているのか、そのいろいろな仕組を明らかにし、近年の気候変動が北方林に及ぼす影響の評価も行ってきた。
   このエッセイの執筆依頼を受け、今思い返してみれば私の研究、共同研究者、学生、ポスドクの大部分は科研費を軸に繋がり合っているように思える。その最初の第一歩が特別研究員のときに受けた科研費・奨励研究(A)だったのである。そういう意味では、科研費なくして私の研究者人生はありえなかったように思うのである。2009~2011年度は、日本学術振興会・学術システム研究センターの生物系科学専門調査班の主任研究員を務めさせていただき、科研費や特別研究員などの制度改善や審査関係の仕事に関われたことは、特別研究員第一期生としてはとても感慨深いものであった。第一期生の当時は知るよしもなかったが、科研費や特別研究員などの様々な制度が深い議論を重ねて常に改善されてきていることを経験し、そのことに少しでも貢献できたことは喜びであった。最後に、科研費や特別研究員をはじめ、学振の様々な事業が今後ますます発展し、日本の学術のすそ野がますます広がりますよう願っています。

※所属・職名は執筆時のものです。

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