お問い合わせ先

独立行政法人 日本学術振興会
研究事業部 研究助成企画課、研究助成第一課、研究助成第二課
〒102-0083
東京都千代田区麹町5-3-1
詳細はこちら

科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています。



No.10(平成21年10月発行)

「-領域研究に支えられて-」

奈良先端科学技術大学院大学長 磯貝 彰先生
磯貝 彰
奈良先端科学技術大学院大学長

 私は、1970年、学部卒業後企業の研究所に在籍していたところ、恩師の田村三郎先生の推薦で、何の業績も無いまま、東京大学農学部農芸化学科の農産物利用学講座(後に生物有機化学講座と改称)に助手として採用された。私の人生を変えた出来事であった。
  生物有機化学講座は、1977年田村先生から鈴木昭憲先生に引き継がれたが、そこでの研究は、化学的な立場から、各種の生物現象を制御する生理活性物質を単離し、その構造を決定するということが基本的なコンセプトであった。そのなかで、私自身は、微生物や、植物、昆虫などを対象とした研究を展開していた。1980年頃、日向康吉先生(東北大学農学部教授)のアブラナ科植物の自家不和合性についての興味深い研究を知り、化学者という立場からこの研究に参画することになった。日向先生は、植物遺伝育種学が専門で、日本における自家不和合性研究の先駆者であった。

 この東北大学と東京大学の間の植物学者と化学者との共同研究を実質的に支えたのが1985年度から1987年度まで実施された特定研究「植物育種の細胞・分子レベルにおける展開」(代表、高橋萬右衞門北海道大学名誉教授)であった。この特定研究は、私にとって、研究費というレベルとは違った意味でたいへん重要なものであった。私はこの特定研究のなかで、これまで関わることのなかった農学や理学の植物科学研究者と知り合いになった。今、私が農学や植物を専門にしていますといえるのは、このとき知り合った多くの人たちとの交友によって作られてきた経歴からであり、その方々が今の私の基本的な財産となっている。1996年に、新設の奈良先端科学技術大学院大学に赴任することになったのも、この時以来お世話になっている方々のお蔭である。この高橋特定の元をたどると、田村三郎先生が、1970年代後半から80年代初めにかけて代表をされた生物生産に関わる2つの大型特定研究にたどりつく。この20年ほどの農学系や植物系の多くの領域研究は、この特定研究の中で育てられた若手研究者が、それぞれ発展させてきたものである。その意味で、領域研究が人材育成に大きく貢献することができるという典型例であると思う。田村三郎先生の先駆的な発想と努力に頭が下がる。

 日向先生との共同研究は、高橋特定に続く2つの植物の生殖システム関連の領域研究(原田 宏先生、日向康吉先生)の中でも、重要な課題として認識され、計画研究に組み込まれた。この間に私は奈良先端大に転任したが、そこで作り上げられた研究室体制と大学や領域研究による支援で、この研究は大きく進展した。その後、1999年度から2003年度には私自身が代表で小型の特定領域研究「植物自家不和合性」を立ちあげ、日向先生との共同研究を引き継ぐ形で研究をすすめた。自家不和合性での花粉因子の解明の基本部分は、この特定領域研究の中で達成されたものである。さらに、この特定領域研究終了後は、学術創成研究費の支援を受け、この研究を総まとめすると共に、次の世代に引き継ぐことを目指している。

 以上述べてきたように、私の「植物の自家不和合性研究」は、この25年ほど、いろいろな領域研究によって支援されて、ここまで来た。私は幸運であったと言える。この分野は自己認識という観点から、海外でも注目されている分野であって競争も激しかった。その中で、アブラナの自家不和合性の分子機構について、国際的にも評価される一定の成果を出すことができた。もし、高橋萬右衞門先生の特定研究がなかったら、また、その後の領域研究がなかったら、私の研究はここまでは来なかったであろう。
  自家不和合性研究は19世紀半ば、ダーウィンによって紹介されて以来、自家受精を防ぐ植物の驚くべき性質として研究されてきた。しかし、最近、ホヤなどの雌雄同体の動物においても、植物におけると同じような機構によって自家受精を防ぐことが明らかとなり、「アロ認識」という有性生殖における動植物共通の基本的機構を共同で研究する新学術領域研究が立ち上がった。この中でまた若い人たちが育っていくことが期待される。

 こうして科研費に育てられた私にとっては、科研費の審査などで協力することは当然の義務であった。日本学術振興会の学術システム研究センターの初代の農学系主任研究員を引き受けたのも、科研費に対する恩返しのつもりであった。科研費の制度もこの10年ほどの間に、色々な方のご尽力で、研究者の要望を受け入れて、随分と使いやすくなってきた。ただ、残念なことに、この所、科研費の総額は大きくは増えていない。
  ボトムアップ型の競争的資金としての科研費の重要性は、今後もますます高まるであろう。科研費の競争的資金としての正当性は、ピアレビューにある。申請する人も審査する人も研究者である。当然、使用する人も研究者である。正しい申請、正しい評価、正しい使い方を、それぞれの研究者あるいは研究機関が心がけることによってしか、科研費の正当性と有効性を示し得ないのではないだろうか。科研費に育てられたものとしては、科研費を育てていくことも、同じくらい、研究者としては重要なことであると実感している。

※所属・職名は執筆時のものです。

これまでに掲載された記事は下記からご覧いただけます。
過去の掲載記事はこちら。