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科学研究費助成事業

制度概要

私と科研費

 「私と科研費」は、科研費の広報活動の一環として、これまで科研費によって研究を進められてきた方々や現在研究を進められている方々の科研費に関する意見や期待などを掲載するため、平成21年1月に新設したものです。

 毎月1名の方に原稿を執筆していただいています 。



創刊号 No.1(平成21年1月発行)

氏名(所属・職名) 日本学術振興会・理事 小林 誠
小林 誠
日本学術振興会・理事

 昨年はノーベル物理学賞を受賞するという大変な栄誉に与り、生活が突然変わってしまった。インタビューや取材などで、様々な質問を受ける機会が増えたが、自分の考えていることを相手に正確に伝え、理解してもらうのは研究よりも難しい。

 高エネルギー物理学の分野では、通常、理論屋と実験屋の分業で研究が行われる。私は理論屋の方であるという話をすると、「いわゆる、紙と鉛筆があればお金はいらない研究ですね。」という反応が返ってくることが多い。確かに、筆記具は必須であり、あまりお金のかかる研究ではないことは確かだが、お金がいらないわけではない。私は1972年に大学院を修了して京都大学理学部の助手になったが、そのころは論文を書くとプレプリントを印刷し、これを主な研究機関に郵送するのがもっとも重要な情報伝達の手段であった。これにはかなりの費用がかかり、論文をたくさん書くと大変であった。ただ、当時はまだ、これを賄う程度の研究費は大学からもらうことができていたと思う。そのためもあって、私が科研費のお世話になりはじめたのは、それから10年以上たってからのことである。

 今では、情報伝達の手段はインターネットに移り、プレプリントの印刷代や郵送費は不要になったが、それに換わってネットワーク環境を維持するために相当の経費がかかる。国内外の学会にも行かなければならない。また近年、ジャーナルの購読料の値上がりが重くのしかかっている。こうした経費だけでも結構な額になるが、理論屋にとってこれらは最低限の研究費として必要である。当然、実験を伴う研究では日常的な研究環境を維持するだけでもっと多くの研究費を必要とするであろう。

 大学から研究所に移り長いことたったので、最近の大学の状況について必ずしも正確に承知しているわけではないが、大学から配分される研究費というのはずいぶん少なくなっており、大学によっては10万円程度(月々ではなく年間で!)といったケースもあると聞く。その分、科研費などの競争的資金に依存する割合が大きくなっている。こうした資金はかなり増えたとはいえ、科研費の場合の採択率は新規応募で20%台の前半であり、優れた研究実績を残していれば必ず次の科研費にも通るといえるような状況でもない。

 科研費は、研究課題を設定して、その課題を遂行するために年限を限って研究費が支給されるという仕組みになっている。個人的に理論屋の立場から言うと、この仕組みにはなじみにくい。理論の場合、研究のフェーズは変化が速いし、つねに明確な研究課題を設定して研究しているわけでもない。私のように興味が長続きしない者にとっては、2~3年の研究計画を書けと言われると悩んでしまう。というわけで、私が科研費をいただいた回数はあまり多くなくて、このシリーズの最初の執筆者としては不適格だが、科研費を含む研究資金の在り方を少し考えてみたい。

 競争的資金制度は、優れた研究をセレクトして、さらに発展させていくという仕組みとして有効であるが、研究費のほとんどの部分を競争的資金によって賄うように制度をシフトしてしまうことには問題があると思われる。明確な研究課題の設定に至る前の試行的な研究や、経常的なデータの蓄積を必要とする研究、あるいは上述のような理論研究など、比較的少額でもよいが安定的な研究費が手当てされることが望ましいケースが多くある。こうした基礎的な研究に対する経費は、国立大学の場合、以前は講座研究費という形で一定の研究費が手当てされていたが、法人化後、運営費交付金が毎年1%削減されており、基礎的な研究費の部分が縮小し続けているのではないかと推察される。その肩代わりを現在の競争的資金制度に求めるのは筋違いではなかろうか。

 競争的資金のもう一つの問題として、審査の負担がある。現在、学術振興会が審査を担当する科研費の申請数は約9万件で、これを5千人を超える審査員で審査を行っている。もちろん大型の研究費については全国的な視野で慎重な審査が必要であるが、小規模のものについては現在の方法が最適であろうか。審査と申請・報告に費やす時間とエネルギーを考えたとき、膨大な研究機会が奪われているのではないかと危惧される。

 研究資金の在り方としては、基礎的な研究を支える安定的な研究費の上に競争的資金制度が乗るという二段構造が望ましいと考える。安定的な研究費という考え方に対しては従来から、「ぬるま湯」、「ばらまき」という批判がある。こうした負の要素は避けなければならないが、行き過ぎた競争環境の中で短期的成果を求めた結果、大学等における基礎研究の土壌が枯れつつあるとしたら由々しき問題である。

 幸いなことに、最近、基礎研究の重要性について、メディアでも多少取り上げられるようになってきた。しかし基礎研究をサポートするための具体的方策まで踏み込んだ議論は少ない。運営費交付金や私学助成の削減を止めるのはもちろんであるが、基礎研究に対する研究費の新たな仕組みが必要ではないかという気がしている

※所属・職名は執筆時のものです。

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