お問い合わせ先

独立行政法人 日本学術振興会
国際事業部 地域交流課
〒102-0083
東京都千代田区麹町5-3-1
03-3263-2316, 1724
03-3234-3700
MAIL acore@jsps.go.jp

拠点大学交流事業

関連資料

拠点大学方式による日タイ学術交流-新世紀における水産食資源動物の生産技術及び有効利用に関する研究-

青木 宙

はじめに

拠点大学方式による日タイ学術交流は、「新世紀における水産食資源動物の生産技術及び有効利用に関する研究」をテーマに平成12年度より開始されました。拠点大学である東京海洋大学とカセサート大学を中心に両国の生物系の大学及び国立研究所の協力を得て、海洋環境の保全、バイオ技術を用いた水産資源の利用と増産に関する共同研究を実施しています。

日本タイ共同研究の背景と目的

我が国の水産物の輸入量は全世界の水産物供給量の30%を占めており、特に、タイからの輸入がもっとも多くなっています。また、我が国は世界で最も輸入水産物を消費する国でもあります。魚介類は、機能性に富んだ物質(高血圧阻害ペプチド、高度不飽和脂肪酸DHAやEPA、コラーゲン、抗酸化物質カロテノイド類等)を多く含んでおり、ヒトの食糧としての重要さと共に現在では健康食品としても注目されています。
最近、タイにおいても水産物は、輸出産業の重要な位置を占めて来ており、輸出国への安全な水産物の安定供給を計るためには、解決しなければならない問題が山積しています。特に、漁業生産における水産食資源の減少と枯渇、養殖生産における魚介類の種苗生産、養殖飼料、疾病、養殖場の環境、水産加工食品における加工技術、貯蔵技術等について問題があげられます。これらの問題点を解決するために、我が国とタイの水産学研究者は共同で、互いの国の産業を支えるための科学技術の基盤を発展させ、産業の活性化を行う必要があります。21世紀の水産業発展に貢献するために、人的交流や共同研究により深く連携をとりながら、高度な技術を駆使した持続的産業としての水産業に発展させることが、このプロジェクトの使命です。

共同研究のテーマ

両国間の共同研究プロジェクトでは、三つの大きなプロジェクトがあり、プロジェクト(1)水産食資源動物の生産及び管理技術の開発では、養殖生産量の増加を目指し、バイオテクノロジーによる食として有用な魚介類生産技術開発、養殖場の環境浄化、魚介類疾病に対する防疫体制の確立に関する研究が行われています。プロジェクト(2)資源再生産・管理型漁業に関する研究では、タイ沿岸の水産生物に対する適切な資源量の評価ならびに資源解析結果に基づく漁具・漁法等の漁業技術の改良・開発を行い、さらに、生態系を維持した管理型漁業への推進・定着化を実施するための研究が展開されています。プロジェクト(3)海洋食糧資源の有効利用では、未知海洋資源の効率的利用と付加価値向上のための先端加工技術開発、及び熱帯水圏特有の悪条件においても長期保存が可能な水産食品の製造及び貯蔵技術開発に関する共同研究が行われています。

共同研究の成果と研究内容

(1) 水産食資源動物の生産及び管理技術の開発

本プロジェクトの主要な成果として、まず初めに、これまでに遺伝子レベルでの情報がほとんどなかったエビ類について、発現している遺伝子の網羅的解析(Expresed Sequences Tags:EST)を行うことにより多数の遺伝情報が収集可能となりました。また、これらのクローン化した遺伝子を用いてマイクロアレイを作製し(図1)、これを用いることにより、エビ類の成熟、生殖あるいは生体防御メカニズムを遺伝子レベルで解明が出来るようになりました。次に、魚及びエビの有用形質遺伝子の機能を解析するためにトランスジェニック系の開発を行い、遺伝子の発現を制御出来るプロモーターの開発及び遺伝子導入法の確立に成功しました。今後、遺伝子工学的手法により有用遺伝子の機能解析や、病気に強く成長が早い等の新品種への作出の可能性が出て来ました。さらに、タイのメコン川に生息する数種類の魚において個体や群を識別することが出来るDNAマーカーを発見することが出来ました。これらの、DNAマーカーを用いることにより、今後は資源の管理技術の開発が遺伝子レベルで実施出来るようになりました。
養殖魚介類の感染症の共同研究において、タイと日本の両国で問題となっている魚介類感染症のうち、クルマエビ類の白点ウイルス感染症(White Spot Virus infection)ならびに種々の細菌感染症について、病原体の遺伝子ならびにタンパク質の検出診断技法の開発を可能にしました。これらの微生物が感染した際に、エビの生体防御に関連する遺伝子の発現パターンをマイクロアレイ法にて知ることが出来るようになりました。さらに、魚介類の自然免疫の一端を担う重要な因子である一酸化窒素の測定系の樹立を行い、このことは、今後、健康な魚介類の選別を可能なものとし、種々の感染症の発生を減少させることに繋がります。

図1 マイクロアレイを用いたエビの遺伝子発現解析の結果
図1 マイクロアレイを用いたエビの遺伝子発現解析の結果

(2) 資源再生産・管理型漁業に関する研究

熱帯水域での水産資源の特性解明と持続的な生産技術を確立することを目的として、タイの大学や水産研究所との共同研究を進めています。資源生物の分野については、水産重要種となる魚類や甲殻類(カニ類)、頭足類(イカ類)について、その成長や繁殖といった生物学的知見を得てきており、資源の再生産機構を明らかにするための基礎資料としてタイ側研究者にその重要性を理解してもらい、また研究手法を定着するための連携を進めています。また漁業技術の分野では、集魚灯漁業、漁船航法、並びに選択性漁具の3項目をとりあげて研究を実施しています。具体的には東南アジア漁業開発センター、カセサート大学水産学部の研究者との現地調査、情報交換、そして今後の研究展開に向けた討議を実施してきました。集魚灯漁業については、タイのバンサレー漁港における漁船の集魚灯装備状況の調査、並びにイカかぶせ網の操業について乗船調査を実施し、日本や東南アジア各国との比較のもとで合理的な集魚灯利用の方法について検討を始めています(図2)。また、選択性漁具の問題については東南アジア漁業開発センターで実施している底引網の混獲防除装置の導入試験に参画しました。これは熱帯水域各地で問題となっている水産資源の乱獲を防止するための「責任ある漁業」を東南アジア地域へ導入し、普及させることを目的としており、FAOの地球環境対策プロジェクトとも連携を図りながら進められてきています。また、2004年度からは日本の定置網漁法をタイへ技術移転するプロジェクトに参画しています。沿岸域資源の管理と持続的な生産に向けて小規模漁業者が組合を作り、協力して定置網を操業するもので、その技術がタイに定着し(図3)、今後各地へ普及していく過程の検証が課題となっています。

図2 イカかぶせ網の操業と水中照度分布
図2 イカかぶせ網の操業と水中照度分布
 
図3 ラヨン郡に敷設された定置網とその操業風景
図3 ラヨン郡に敷設された定置網とその操業風景

(3) 水産食資源の有効利用と付加価値向上のための技術開発

すり身製造に使用されるタイ産魚種のゲル形成能に及ぼす凍結の影響について研究を行い、冷凍貯蔵中にタンパク質が変性を起こすことを明らかにしました。脂質酸化は魚種によってその進行速度は異なっていることが明らかになり、すり身ゲルの破断強度、破断凹みは、凍結期間とともに減少することがわかりました。ゲル形成能の減少は、Ca‐ATPase活性の低下とホルムアルデヒドの生成に起因していることがわかりました。さらに、水産加工食品の最終到達温度の測定は、NIR法により極めて短時間にわずかな誤差で測定できることを明らかにしました。以上のように、タイ産魚種の肉質について研究すると共に、変性過程を測定する技術についても一部開発することができ、今後、タイ産魚介類をすり身に使用できる可能性が出て来ました。
また、水産加工業から大量に廃棄される魚肉、皮、骨などの有効利用と付加価値化を目標として、生分解性・可食性包装材特にフィルムの調製とそれらの性状の解明を実施して来ました。これまでの共同研究の結果、魚肉の水溶性あるいは塩溶性タンパク質や皮から得たゼラチンを用いて、透明で伸性のあるフィルムを調製することができました。現在はこれらフィルムの実用化と性状改善を検討しています。

図4 平成15年度JSPS‐NRCTジョイントセミナーの参加者(タイ、ライヨン市
図4 平成15年度JSPS‐NRCTジョイントセミナーの参加者(タイ、ライヨン市)

共同研究成果は、本事業開始の平成12年度より毎年英文にてレポートを発刊しています。また、平成13年度より、セミナーを毎年実施しており、その都度、プロシーディングを英文にて発刊しています。図4及び図5は、平成15年度にタイで開催されましたセミナーの時の写真です。

図5 平成15年度JSPS-NRCTジョイントセミナー
図5 平成15年度JSPS-NRCTジョイントセミナー

青木 宙(あおき・たかし)
東京海洋大学大学院海洋技術研究科 教授
本記事は「学術月報Vol.58 No.7」に掲載されたものである。