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拠点大学交流事業

関連資料

拠点大学方式による日中研究交流:「プラズマ・核融合分野」

渡利 徹夫

国際的な研究交流を必要とする環境

核融合研究は過去10年間において飛躍的な進歩をとげ、核融合実現への道程として加熱入力と核融合出力が釣り合うブレークイーブンが達成されました。核融合反応を利用した発電の夢がもはや単なる夢ではないことを実感することができます。核融合エネルギー発生による連鎖反応の自己維持が次の重要な目標として視野におかれ、国際核融合実験炉ITERの建設が具体的な問題として論じられる段階に至りました。装置の大型化による建設コストの上昇と開発を要する工学的課題の存在により、国際的協力の重要性は高まっています。また、実験炉から商用炉にいたる道程を考慮して、経済性のある先進的小型炉の開発も進めておくことも重要です。
過去20年にわたる国際的核融合研究の中で日本は先導的な役割を果たして来たといえます。日本原子力研究所にはJT‐60Uトカマク装置があって高温度プラズマを実現しました。日本側拠点校である核融合科学研究所には大型ヘリカル超伝導プラズマ閉じ込め装置LHDがあって代替炉を目指した研究を進めてきました。また、中国の拠点校である等離子体物理研究所においては同じくトカマク型超伝導プラズマ閉じ込め装置HT‐7があってプラズマのエネルギー閉じ込めに関する物理的研究や、定常プラズマ維持を目的とした工学的研究を続けてきました。また、等離子体物理研究所においては大型トカマク装置EASTを建設中であり国際的協力研究への中国の役割は高まっています。したがって、両国の研究施設(装置)および両国の知的財産(研究のアクティヴィティー)を有機的に組織しアジアの隣国である中国と共同研究を行うことは研究の活性化を行う意味で重要です。
「プラズマ・核融合」分野における拠点大学方式による交流は10年(前半5年-後半5年)の計画として平成13年度から出発しました。日本では、核融合科学研究所が拠点研究所を務め多数の大学研究所が協力校として参加しています(日本原子力研究所、京都大学、九州大学、東京大学、筑波大学、名古屋大学、東北大学、北海道大学、大阪大学、電気通信大学、等)。中国では、等離子体物理研究所が拠点研究所を務め多数の大学研究所が協力校として参加しています(西南物理研究院、応用物理与計算数学研究所、精華大学、中国科学院物理研究所、近代物理研究所、西北師範大学、中国科学技術大学、上海光学精密機械研究所、原子能研究所、等)。
当拠点事業は現在前半5年の4年目にあたり交流は学術的な成果として結実しつつあります。

研究交流の内容

当拠点事業の研究は以下の三つのCategoryにわかれており、各Categoryはそれぞれ括弧内に書かれた研究課題を含みます。
1)炉心プラズマの特性改善に関する研究(高性能炉心プラズマ閉じ込め維持のための高度加熱法の開発、高性能炉心プラズマ閉じ込め維持のための計測および制御法の開発、核融合炉におけるプラズマ壁相互作用と対向材料の研究、プラズマ中の原子分子過程の研究、プラズマプロセスの応用研究、超高密度プラズマに関する研究)
2)炉工学に関する研究(低放射化材料に関する研究、ブランケット・トリチウム研究、設計統合と要素工学の実証、超伝導要素技術開発)
3)理論シミュレーションに関する研究(プラズマのMHD-微視的不安定性理論、トーラスプラズマの数値解析コードの開発、複雑性プラズマにおける自己組織化の研究、ダイバータープラズマのモデリング)
核融合研究は水素の核融合反応を利用してエネルギーを取り出すことを目指した応用研究であります。核融合反応を起こさせるためには燃料を高温に加熱し閉じ込め装置に閉じ込め長時間維持することが必要です。1億度という高温下では物質は電離して電子とイオンからなるプラズマ状態にあり極めて高い電気伝導度を持ちます。また、閉じ込め磁場の存在により電気伝導度は非等方性を持っていますので、真空中では想像できない多様な特徴をもつ波動が存在します。プラズマの加熱・電流駆動はこのようなプラズマ中の波動の伝播・散逸的特性を解明してこれを利用する形で進められてきました。
また、閉じ込め装置の本質としてのプラズマ密度および温度の勾配、および、平坦ではないトーラス(3次元に埋め込まれたトーラス)の宿命とする曲率に起因して種々の不安定性を引き起こします。これらのプロセスは"乱流"という物性的・統計的な定常状態を作り出します。磁場に閉じ込めたプラズマは当然あらゆる手段を講じてエントロピーを増大(=エネルギー輸送=拡散)させることを目論見ます。イオン・電子の衝突による古典的な拡散も良く知られた過程ですが、最近の研究では、"乱流"による輸送が支配的であることが明らかにされてきました。従って、核融合炉心を開発する研究は非平衡プラズマの物性を明らかにしプラズマを制御することと同義となります。電流を含む"プラズマ乱流"はナヴィアストークス方程式に従う"通常の乱流"とは一味違う面白さを持ち学術的な体系をなしてきました。この研究領域は実験と理論・シミュレーションの密接な協力をもって初めて遂行できるものであります。当拠点事業においては実験的な研究をCategory‐1に含まれる諸課題において行い、理論・シミュレーション研究をCategory‐3に含まれる諸課題において行います。また、国際核融合実験炉ITERが近未来に想定される現在、炉心プラズマを維持しブランケットを配してエネルギーを取り出す炉工学も一つの重要な側面となってきました。当拠点事業のなかではCategory‐2に含まれる諸課題において核融合炉工学に関連した開発研究を行います。

拠点事業「プラズマ・核融合分野」の 沿革・運営・成果・評価

中国との研究交流は遡れば、1993年~1995年には課題「トーラス型核融合研究プラズマの閉じ込め研究」のもとに科学研究費補助金国際学術研究に基づく研究補助金、1997年~1999年「トカマク型およびヘリカル型装置における定常高温プラズマの比較研究」による研究補助金の支援により地道な共同研究を続けてきました。交流の歴史を紐解けば1989年に遡り、小規模ではあるが「大学間協定」と委任経理金に基づく草の根的な研究交流があったのです。従って、2001年拠点方式による研究交流が開始されたときには、両国の研究者が互いに信頼関係をもち、両国の人的資源・研究施設を活用して研究に取りかかることができました。
拠点事業は研究交流の公募を行い毎年応募に従って交流を立てます。また、全国の主要大学には各研究課題に責任を持つkey personを依頼してあり、key personは中国側key personとの連絡に従い計画の調整を行います。この計画はkey personに数人の有識者を加えた国内委員会を設けて吟味します。中国においても同様な計画立案を行い、毎年2月に中国のコーディネーターを中心とした代表団を迎えて最終的な交流計画の決定を行います。

核融合研究所LHD装置の内部写真
図1 核融合研究所LHD装置の内部写真
真空容器を中性粒子の直射から守るアーマータイルと、後ろにICRFアンテナが見える。ICRF加熱の共同研究は日中共同研究の主要課題の一つである。

最近の研究交流を一部紹介しますと、核融合科学研究所にはLHD装置がフル稼働しており、プラズマのエネルギー輸送の研究が日中両国の共同研究として進められています。またイオンサイクロトロン加熱に関する共同研究が進行しており、加熱電力を変調してプラズマの特性を研究する手法が確立しました。最近の研究ではイオンサイクロトロン加熱による長時間運転に力を注いでいます。図1はLHD装置の真空容器内の写真です。
中国HT‐7装置ではイオンバーンスタイン波によるプラズマ加熱とエネルギー輸送への影響が研究されており日本の研究者が実験に参加しました。また、低域混成波による電流駆動を利用した定常実験でも成果があがり、プラズマを改善するための放電洗浄に関しても高周波を利用した独自の方法を開発しています。図2に示すのは現在建設中の大型超伝導トカマク装置EASTで2005年末完成を目指して建設が急ピッチで進んでいます。
拠点事業は日本国内、中国国内の大学・研究所の総合的研究協力を支援しており、両国の大学・研究所がそれぞれの特徴を生かした研究交流を行っています。紙面の都合で多彩な内容を紹介できないのが残念ですが、協力大学・研究所と拠点校の交流規模の全体にしめる比率は平成15年度の実績で59%となっています。
全体の円滑な運営に責任をもつコーディネーターとして我々は、アカデミックレポート(英語編集)を毎年作成しています。アカデミックレポートは各年度内に発表された論文を収録し、その論文の意義付けを行います。国際的な交流が交流の事実だけに陥ることを自戒することを意図しています。現在までに平成13-15年度の3年間に対応して3冊のアカデミックレポートが完成しています。ごく簡単に論文発表に関する統計を表1に示します。
特に平成17年度は前半5年の最終年度を迎え、拠点事業により得られた成果を整理し意義を問う重要な年となります。

EAST装置(建設中の超伝導コイル) EAST装置
図2 中国合肥等離子体物理研究所に建設中のEAST装置:(超伝導装置を格納するクライオスタットの一部、左図は建設中の超伝導コイル)
EAST装置はトカマク型の閉じ込め装置で、超伝導コイルを採用している。核融合科学研究所のLHD装置とともに定常運転を目指した研究に適している。

表1 拠点交流により発表された論文
年度 学術雑誌発表件数 国際会議発表件数
平成13 20 36
平成14 37 27
平成15 32 31

筆談できる親しみ

あまり堅い話ばかりではいけないと編集者からの示唆がありましたので、多少脱線します。中国と日本は昔から近い国でした。魏志倭人伝における卑弥呼の記述、仏教を伝えるために数度の遭難を冒して渡来した鑑真和尚、長安を模式した京の都、遣唐使として渡り唐の皇帝に慰留された阿倍仲麻呂、等、思い出せば既に一幅の絵巻物が出来上がります。中華事変・第2次世界大戦という近世の"不幸な歴史"を経て、悠久の友好関係を回復すべく幾つかの訪中使節団が派遣されました。プラズマ・核融合に関して言えば1987年に、高山一男、関口忠、長尾重夫、宮原昭、平野恵一、が創立間もない西南物理研究院を訪問したのが最初だと思います。この5人の大先輩からなる使節団が広大な中国の黄塵のなかを分け入った姿は今想像しても楽しいものがあります。
私たちの世代は学校国語教育のなかに漢文があって、漢詩の断片や中国の故事を幾らか覚えていて、紙と鉛筆があれば筆談も可能です。特に、中国側のコーディネーターを勤める王孔嘉先生、等離子体物理研究所の謝紀康先生、西南物理研究院の潘傳紅先生とは同年代であり、懐かしい漢詩・文学の断片を酒肴とする喜びを共にすることができました。中国の詩のなかにも"来日綺窓前、寒梅著花未"などと伴侶を思う艶ややかな詩もあり、"憶良らは今は罷からむ子泣くらむその子の妻もわれを待つらむ"と歌った万葉集を紹介する場面もありました。玉門関を経て胡地に向かう兵士とその家族との間には表現を絶する悲しみがあり唐詩はこれを伝えています。…更吹羌笛関山月、無那金閨万里愁…。私の中国文学は大学受験勉強のなかで遭遇した幾つかの断片が全てですが、陶淵明には学生時代から共感するところがありました。"帰去来兮田園将蕪胡不帰"の一節には私も無条件の共感を覚えます。"少無適俗韻、性本愛丘山"の一節は"現状への決別と理想への回帰"を代表してこころを捉えます。近年は、李白の"花間一壷の酒"から始まる"月下独酌"の一節"月既不解飲、影徒随我身、我歌月徘徊、我舞影零(凌)乱。"の部分に興味を覚えています。無心に近づく李白の心境のなかに、極度に凝縮した緊張(=自我)を感じ取るのですが、皆さんはいかがですか。"漢詩は李白に始まり李白に終わる"と言われた詩人でありますから、李白の詩にこだわりを感じ始めた私にも既に馬上少年過の年期が近づいたのかもしれません。中国との研究交流も次の世代に引継がれさらに発展してゆくことを期待し確信しています。

閑話休題

昨今、アカウンタビリティーが各局面にて問われる時代になりました。先に述べたように、われわれは、アカデミックレポートを充実させる過程をもってアカウンタビリティーを我々自身に問うつもりでいます。しかしながら、すべての価値観を"経済と生産性"という尺度に統一した現代では人間はやや息苦しく、新しい理想を模索する過程にあります。したがって、アカウンタビリティーという概念が適切かどうかも既に疑念の内にあります。また、日中を取り巻く政治的環境も近年多少ギクシャクしているようです。日中交流においては、まず政治を離れて、中国と日本の研究者一人一人が互いに尊厳を認めて相対することから始めることを提案します。言い換えれば、交流の一粒一粒が判別され光を与えられることです。実はこれは難しいことで、また、これができれば拠点事業の最も重要な部分は達成されたと言えると思うのですが?


渡利 徹夫(わたり・てつお)
核融合科学研究所 教授
本記事は「学術月報Vol.58 No.5」に掲載されたものである。