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拠点大学交流事業

関連資料

インドネシアとの応用生物科学分野における拠点大学交流

會田 勝美

はじめに

平成10年度に始まった応用生物科学分野における拠点大学交流は「生物生産における開発と環境との調和」という、アジアの開発途上国では非常に重要で、喫緊の課題を取りあげている。日本側拠点大学は東京大学大学院農学生命科学研究科であり、東北大学、宇都宮大学、京都大学、岡山大学、九州大学、神戸大学、筑波大学が協力大学となっている。一方、インドネシア側拠点大学はボゴール農科大学であり、ガジャマダ大学、パジャジャラン大学、バンドン工科大学、ウダヤナ大学、国立原子力庁が協力大学となっている。
この拠点大学交流は、4グループからなる。それぞれのグループに属する日本側とインドネシア側の研究者が、フィールドワークを中心とした共同研究を実施し、またセミナーの開催等を通じて、グループ間の連携を図っている。ここでは、それぞれのグループが行ってきた研究活動の一端を紹介したい。

グループ1「開発に伴う環境変化と環境保全に関する研究」

このグループは、ジャワ島西部のチダナウ流域を主なフィールドとして調査研究を進めてきた。
この流域は面積約200km2、人口約10万人で、全体がカルデラ地形で、山麓からカルデラ底部に水田が広がる。下流部にはラワダナウという湿地と湿地林があり、貴重な自然環境によって保護地域となっている。ラワダナウから流出するチダナウ川は、外輪山切れ目の狭窄部の滝を経て海岸地域に流出し、沿岸都市部の水道と工業地域の用水源となっている。
研究で明らかにする内容を、流域における降雨と流出の関係、土地利用の状況と変化、流域の窒素収支と窒素循環、土壌浸食、流域出口の排水路掘削による水位低下と農地開発がラワダナウ湿地の水位に与えた影響、等として、それぞれ担当のサブグループが年に1-2回の調査を行い、衛星リモートセンシング画像の解析も行ってきた。
現地調査は、車で行けるところは限られており、GPSを片手に測定器やサンプラーを背負って毎日何時間も歩き回り、湿地では住民のカヌーを借りてのものである。また、湿地や河川に小型水位計を設置して長期間の自動記録を行うことも試みたが、それとわからぬように隠して水中に置いたのに、数日~数か月後には高価な水位計がなくなるという事態が繰り返された。隠す工夫より、住民に測定を行っていることを知らせて理解を求めるべきだったのである。
長期間の継続的で集中的な調査により、重要な成果が得られた。河川の流出については、この流域では地下水貯留が大きく乾期でも湧水からの流量が豊かであるために渇水流量が比較的大きいことが明らかとなり、窒素循環については、水田地帯の河川水の全窒素濃度が、多期作のため水田への肥料投入量が小さくないにもかかわらず、降雨の濃度より低く、我が国の水田地域と比べて数分の一であることが明らかになった。これは平均気温が我が国より11℃も高いために流域全体での脱窒量が大きいことによるもので、熱帯水田地域の特徴と考えられる。
チダナウでの調査は、ボゴール農科大学の若手研究者や大学院生との共同で行われており、環境科学のフィールド研究を教育する場ともなっている。日本側でもインドネシア側においても、これまで多くの学位論文が生まれ、またこれから生まれようとしている。

写真1 カヌーで調査地のラワダナウ湿地を目指す
写真1 カヌーで調査地のラワダナウ湿地を目指す

グループ2「植物資源の持続的利用に関する研究」

このグループは、ジャワにおける有用植物遺伝資源を利用した、持続的生物生産技術を確立することを目指して研究を行っている。
ジャワ島は人口稠密地帯で一戸あたりの耕地面積は小さく、土地なし農民も多いことから、就労機会の少ない中山間地域では生活のために近隣の森林を不法耕作する事例も多い。このためインドネシア政府は伐採跡地に植林を行った後数年間、農民が樹間でタバコやトウモロコシなどの作物を耕作することを許可している。
この方式では、農民は2~4年ごとに耕作場所を変えなければならず、大きな負担を強いられることになる。しかし、耐陰性の強い作物を育種すれば、植林後、樹間で栽培できる年数が増える。また、耐陰性がさらに強い作物があれば、林床で栽培を行うことができるので、農民が森林を伐採し不法耕作することが減ると考えられる。
そこで、①耐陰性が強く、森林プランテーションの林床下で栽培されているコンニャク属植物に注目し、その遺伝的変異を調べ、有用な形質を持っている系統を探索する、②インドネシアにおける重要な畑作物であるダイズについて、耐陰性の強い品種育成を効率よく行うために耐陰性に関連する遺伝子あるいはそのマーカーを見つけ出すことが、このグループの目標になっている。
①に関しては、ジャワで栽培されている2種のコンニャク属植物(ジャワムカゴコンニャクとゾウコンニャク)と1種の自生種(イロガワリコンニャク)を捜し求めて各地の森林やホームガーデンを歩き回っている。栽培されている種は球茎と呼ばれるイモを掘り出すが、自生種は種子で繁殖するので、果実を採取し、中の種子を取り出す。コンニャク属植物は植物皮膚炎を引き起こすが、その知識がなかったために素手で種子を扱い、その後よく手を洗ったもののハンカチで汗を拭った部分(顔や首)にジンマシンがでて約半月ほど、ひどい痒みに悩まされたことがある。
②の耐陰性の遺伝子マーカーを見つけ出すことに関しては、耐陰性の強い品種と弱い品種とを交配し、雑種の後代を6世代にわたって自殖した集団を作り終わったところである。この集団を用いて各系統の形質とDNA情報との関連を明らかにし、耐陰性と関連する遺伝子の染色体上における位置を特定するという仕事が今年から始まる。本プロジェクトの期間内に目に見える形での成果(品種育成あるいは遺伝子マーカーの開発)を出したいと思っている。

写真2 森林プランテーション林床のジャワムカゴコンニャク
写真2 森林プランテーション林床のジャワムカゴコンニャク

グループ3「環境調和型農村開発に関する社会経済学的研究」

このグループは、西ジャワ(チアンジュール県ケマン村)と中部ジャワ(ジョクジャカルタ州マルゴカトン村・ジャティ村・ワツガジャ村)での「定点観測」を継続してきた。西ジャワでは約60戸、中部ジャワでは約120戸の農家を選び、詳細な農家経営調査データを蓄積してきた。
調査の過程で多くの知見については、適宜論文として刊行するよう努力した。学会誌や著書に発表された論文は23編となる。これに、セミナー・ワークショップでの報告論文を含めると、71編の成果が公にされている。
拠点事業の今ひとつの目的である若手研究者の育成については、この間インドネシアから12人の若手研究者を受け入れ(博士課程5名-うち3名が拠点枠-、修士課程2名、UMAP研究生5名)、すでに博士2人(うち1名は拠点枠)、修士2名が学位を取得した。また数年前から日本人院生も積極的に調査に参加させ、本プロジェクトでの調査をベースに博士・修士論文を作成させようとしている。すでに3名の学生が修士論文を書き上げている。
研究成果の現地への還元は今後に残された課題であるが、農村を対象としたインドネシア政府のプログラムを調査対象地に導入し、調査研究と実際の農村改善とを有機的に結びつけようとする試みを始めている。
こうした研究がうまく進むかどうかは、インドネシア側カウンターパートと良好・密接な関係を構築できるかどうかにかかっている。社会経済グループではおおむね良好な関係を築きあげていると評価している。とくに、インドネシア側若手スタッフの学位取得に全面的に協力していることを高く評価しているガジャマダ大学の本事業に対するサポート体制は充実している。
研究成果のとりまとめという点では、調査地についての詳細なモノグラフを刊行することが、当面の重要な目標である。また、この間お世話になってきた村の改善・発展に役立てるようなかたちで研究成果を還元する方法についても模索したい。拠点事業を契機に受け入れたインドネシアからの留学生の学位取得も優先課題の一つである。

写真3 社会経済調査を実施している石灰岩丘陵地の集落
写真3 社会経済調査を実施している石灰岩丘陵地の集落

グループ4「持続的生物資源管理システムに関する地域生態学的研究」

このグループでは、チタルム川流域を中心に、崩壊しつつある農村生態系の現状を物質循環等の観点から把握し、その改善方策を検討してきた。マクロな流域スケールでは、GISやリモートセンシングを用いた解析を、また、メソスケールでは、集落とその周辺の農林地において、土地利用、植生、土壌に関する調査を行ってきた。さらにミクロな集落スケールでは、生活様式、健康状態、栄養状態といった観点から定量的な評価を行い、農村生態系の構造及び機能との関係を明らかにしてきた。
本グループでは、実質的な研究成果を挙げるため、とくに日本側若手研究者の長期派遣の奨励や、論文執筆のために来日するインドネシア側研究者を優先して日本に長期滞在させるなどの配慮を行ってきた。その結果、国内外の学術誌への論文投稿数は着実に増加している。
また、本事業を通じて、これまでに博士号取得者をインドネシア側から3名、日本側から1名(さらに2名取得見込)のほか、修士号取得者を日本側から5名(さら2名取得見込)輩出にしている。また本交流事業によってインドネシア側から8名の留学生(うち、大学院6名、学部2名)を受け入れ、日本側からも8名の大学院生が短期交換留学生としてインドネシアに滞在した。このように、研究成果、学術交流、若手研究者の育成のいずれにおいても、順調な成果が得られているものと評価できる。
一方、これまでにジャカルタの暴動やバリ島の爆弾テロによって調査の中断やセミナーの中止が余儀なくされたほか、インドネシア政府の方針転換によって長期滞在が難しくなるなどの問題も発生した。
また、このグループは地形学、土壌学、人文地理学、地域生態学、林産学、獣医・畜産学、水産学、栄養学、人類生態学など非常に多様な専門分野の研究者から構成されていることを特徴とするが、専門分野の多様性ゆえに、日本側とインドネシア側のカウンターパートの専門が必ずしも一致しないという問題も発生した。
そして、何よりも我々にとって最も痛手だったのは、ボゴール農科大学講師のニノ氏の急逝である。死因はくも膜下出血で、学位取得のために日本滞在中のことであった。将来が期待されていただけに、大変残念な出来事である。心からご冥福をお祈り申し上げたい。
本事業も残すところあと3年となったが、今後は、これまでに得られた研究成果の統合化と社会への還元を重点においていく予定である。このグループでは、本事業による学術交流を契機として、新たに共同研究が開始されたなどの副次的な成果も得られている。こういった学術交流は本事業が終了した後にも、長期的に継続していくことが期待される。

写真4 チタルム川上流域の森林開発と土壌侵食防止対策
写真4 チタルム川上流域の森林開発と土壌侵食防止対策

會田 勝美(あいだ・かつみ)
東京大学大学院農学生命科学研究科長
本記事は「学術月報Vol.58 No.4」に掲載されたものである。