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拠点大学交流事業

関連資料

水産資源変動の解明とゼロエミッション型水産業の構築-北海道大学と韓国釜慶大学の拠点大学交流から-

飯田 浩二

はじめに

北海道大学大学院水産科学研究科と韓国釜慶大学水産学部は2001年度から日本学術振興会と韓国科学財団の支援を受けて拠点大学方式による学術交流事業をスタートさせました。本事業は「水産資源変動の解明と非環境負荷・ゼロエミッション型水産業の構築」をメインテーマとして、環境、漁業、増養殖、資源利用の4つの分野ごとに共同研究テーマを設け、両国の拠点大学を中心とする大学連合間で研究者交流、共同研究、セミナーなどを実施するものです。
これまでの本交流事業の進展を概観すると、初年度は両国拠点大学間および協力大学間のネットワーク作り、2年目は共同研究テーマの策定と研究グループの組織化、3年目は共同研究の具体化、実質化に重点を置いてきました。幸いにも共同研究による派遣、受入およびセミナー参加者数が開始以来順調に増加し、共同研究グループも4件から9件に増えました。隔年で交互開催しているセミナーや不定期開催のワークショップも5回を数えます。本事業も中盤に入り、共同研究を一層強化して、研究成果が多くの学術論文となって現れることを期待しています。

背景と目的

日本と韓国は古くから、日本海や東シナ海などの隣接する海から共通の魚介類を食料資源として利用しながら、養殖や水産加工などの関連産業を発展させてきました。しかし、今日、地球規模での環境変化や過剰な漁獲が近隣海域の水産資源を減少させています。特に、マイワシ、スルメイカ、スケトウダラなどの回遊性魚類は、その生息域が両国にまたがっているために、これらの資源、生態研究には両国の協力が不可欠となっています。
日韓両国が海洋から食料資源を長期的に安定して確保するためには、両国の研究者が協力して水産資源変動の解明の基となる資源量の正確な調査や再生産のメカニズム、それらを取り巻く海洋環境変化等を明らかにすることが必要です。さらに、両国の健全な養殖漁業の発展のためには、健康な魚を育てる養殖技術、老化した養殖漁場の環境改善、海洋資源の高度利用、未利用海洋生物の健康食品や医薬品への利用技術などの開発に取り組む必要があります。
限りある水産資源を無駄なく有効に、かつ、環境に負荷を与えずに利用していく非環境負荷・ゼロエミッション型水産業を構築することがこの研究のねらいです。

交流の核心 -共同研究-

事業開始以来、なるべく多くの研究者が参加できるよう、水産学を環境、漁業、増殖、利用の4分野に分類し、その中に共同研究グループを立ち上げることにしました。以下概要を紹介します。

1.日本海・東シナ海の海洋環境変化と水産資源変動の解明(環境)

魚に国境はありません。生息域が両国にまたがるマイワシ、スケトウダラ、スルメイカなどの回遊性魚類の生態と資源変動の原因を解明するとともに、沿岸海域に生息する魚類の分布や生態に関する共同研究を行っています。特にイカ類の生態と資源変動の解明に向けて、これまでに、数度のワークショップや中国を交えた国際シンポジウムを開催し、環境変化が資源変動に与える影響を議論しました。また、2003年度からは、両国の大学練習船を用いて、日本海、東シナ海の海洋環境とスルメイカの卵や幼生の分布などの再生産機構に関する共同調査を始めました。
一方、韓国およびその周辺海域の魚類相を調べるために、韓国各地の魚類標本と魚類採集の共同調査を行い、ゲンゲやウミヘビなど計10科の韓国初記録種と稀種(新種ではないが大変珍しい種)を発見しました。

群山魚市場の地方色溢れる魚介類 特徴ある麗水沿岸の定置網漁業
群山魚市場の地方色溢れる魚介類 特徴ある麗水沿岸の定置網漁業

2.選択的漁獲技術と資源量評価手法の開発(漁業)

水産資源の安定供給実現のため、幼魚や目的外の魚を獲らない漁具・漁法の開発、資源量評価のための定量採集装置や音響を用いた資源量推定技術の開発などに関する共同研究を行っています。これまでに、日韓共通の魚種であるイワシやスケトウダラなどの音響特性を、日本で3回、韓国で4回、共同で測定し、計量魚群探知機による資源調査に必要な魚の音響反射率を明らかにしました。また、両国の練習船を用いて、日本海や東シナ海における共同調査も始めました。さらに、環境や資源に負荷をかけない環境低負荷型漁業の実現のため、目的外の魚を獲らない選択型漁具・漁法の開発や、資源管理方策について両国の漁業や制度の比較研究を行っています。

3.魚介類の品種開発、種苗生産、育成技術の開発(増殖)

効率的で、かつ環境を悪化させない増養殖技術を確立するため、魚病対策、養殖漁場の環境改善、沿岸漁場の整備などについて共同研究を行っています。水産増養殖が活発になればなるほど、餌の食べ残しなどにより海洋環境が悪化します。また、それにより病気が発生し、増養殖発展の大きな制限要因となります。これまでに2回、水産生物の健康診断・健康管理に関するワークショップを開催しました。その結果、両国には多くの共通の病気があり、病原体をしっかり調査した上で、共通の健康管理の実施が必要であることが明らかになってきました。今後、健康診断の方法や防疫対策について議論していく予定です。

4.未利用資源の食料、健康食品、医薬品への利用技術の開発(利用)

日本や韓国では、水産物をよく食べますが、両国ではがんや動脈硬化にかかる比率が欧米諸国に比べて低いことが知られています。これは、日本人や韓国人が水産物に含まれる各種機能性成分を多量に摂取していることが大きな要因と考えられます。そこで、1)海洋資源の機能性とその高度利用、2)日韓の食生活比較、3)食品素材の衛生化および電解水の利用の3点に着目して共同研究を行っています。これまでに、両国の水産食文化や水産物由来の機能性成分の摂取の共通性と違いについて理解することができ、世界の人々の健康増進にとって有益な情報を得ることもできました。

活気溢れる統営の魚市場 済州の大規模養殖施設
活気溢れる統営の魚市場 済州の大規模養殖施設

目的と問題意識の共有化 -セミナーとワークショップ-

本事業では共同セミナーやワークショップを開催し、共同研究の成果を発表し合うと共に、今後の計画に反映させるようにしています。セミナーの開催は年1回の日韓交互開催とし、ワークショップは毎年不定期で共同研究グループごとに持っていますが、全グループが一堂に会す合同ワークショップも年1回のペースで交互開催しています。
これまでに開催したセミナーは、第1回が2001年9月に韓国釜慶大学校(釜山市)において「日本と韓国の食文化の特徴と水産科学の役割」をテーマに開催され、2件の基調講演、8件の特別講演、36件の一般発表があり、約150名が参加しました。基調講演では日韓の酒と発酵食品の歴史や特徴について興味深い話題提供がありました。
第2回は2002年8月に北海道大学(札幌キャンパス、函館キャンパス)において「日本海の海洋環境と海洋生態系」をテーマに2件の基調講演、7件の特別講演、33件の一般発表があり、約120名が参加しました。本セミナーでは日本海に焦点を当て、その地理や歴史的背景と物理、化学、生物的特徴を幅広く議論し、海そのものには国境も経済水域もなく、国際共同研究の重要性が強く認識されました。
第3回は2003年12月に韓国協力大学である慶尚大学校(統営市)において「沿岸域における水産資源の効率的な利用と資源管理」をテーマに行われ、2件の基調講演、7件の特別講演、35件の一般発表があり、約130名が参加しました。統営は韓国でも有数の沿岸漁業の盛んな地域で、一般市民の関心も高く、ヒラメやアワビの大規模な養殖に関する話題が印象的でした。
さて、第4回目のセミナーは2004年12月に北海道大学(札幌キャンパス)において「水産をとりまく災害と危機管理」をテーマに開催の予定です。水産業は海やそこに棲む生物を生産の場や対象とするため、自然界の影響を受けやすく、気象や環境の急変、赤潮、魚病の発生など、水産を取り巻く災害の予測、予防、回避のための方策を議論することにしています。

セミナーでの発表風景 第2回セミナー参加者(2002年8月函館)
セミナーでの発表風景 第2回セミナー参加者(2002年8月函館)

挨拶はアンニョンハシムニカ

事業開始当初は言葉や文化、習慣の違いが交流の障害になることもありましたが、交流が進むにつれて、流れがスムーズになってきました。日本語を流暢に話せる韓国研究者も多いのですが、やはり一部にすぎません。まして韓国語を話せる日本の研究者は皆無です。セミナーが近づくとにわかハングル講座も開かれ、皆挨拶くらいは相手の言語でできるようにしています。韓国語と日本語の文法が非常に似ており、ハングル・漢字交じりのスライドが大変有効であることも分かりました。拠点交流事業を通して、専門の異なる学内や他大学の研究者との交流が深まったことも貴重な収穫といえます。
本学では、毎年、セミナーで発表した論文を収録した年次報告書/プロシーディングを発行し、関係機関や研究者に配布していますが、活動状況の把握や共同研究の推進に大変役にたっています。また、情報交換、情報発信用にホームページを開設し、連絡、調整、広報に利用していますが、ホームページを見た一般からの問い合わせも多く、情報発信手段として大変有効であることが分かりました。

年次報告書とプロシーディング 拠点大学交流ホームページ
年次報告書とプロシーディング 拠点大学交流ホームページ

おわりに

本年度から我が国のすべての国立大学が法人化され、大学の目標の明確化や組織の効率化がきびしく求められるようになりました。本事業も10年計画でスタートしたとはいえ、常に目標、計画に沿って行われているか、自己点検評価をしながら進めて行く必要があります。5年目には中間評価が予定されており、本事業に参加するすべての研究者や組織の説明責任が問われます。本交流事業が「水産資源変動の解明と非環境負荷・ゼロエミッション型水産業の構築」にどのように貢献しているのか、常に自己点検しながら共同研究を推進すると共に、両国の若手研究者の育成にも力を入れていくつもりです。
最後になりましたが、本交流事業のご支援を頂いている、日本学術振興会ならびに韓国科学財団に感謝申し上げて、日韓拠点大学交流の紹介を終わります。


飯田 浩二(いいだ・こうじ)
北海道大学大学院水産科学研究科 教授
本記事は「学術月報Vol.57 No.8」に掲載されたものである。