日本学術振興会

先端科学シンポジウム

FoS Alumni Messages No.19

「社会科学者として先端科学シンポジウムに参加して」

川口 大司

川口 大司

東京大学 大学院経済学研究科 教授
HP: https://sites.google.com/site/daijikawaguchi/

FoS参加歴:

6th Japanese-German Frontiers of Science (JGFoS) symposium スピーカー
12th Japanese-American Frontiers of Science (JAFoS) symposium 参加研究者
13th Japanese-American Frontiers of Science (JAFoS) symposium PGM
14th Japanese-American Frontiers of Science (JAFoS) symposium PGM
1st Japanese-American-German Frontiers of Science (JAGFoS) symposium PGM

   日本学術振興会が先進各国の研究資金提供団体と共催している先端科学(FoS)シンポジウムに参加させていただいてきた。スピーカー、参加研究者、企画委員(Planning Group Member: PGM)と立場を変え、相手先もドイツ・アメリカ・独米と変え、合計で5回にわたり参加させていただく機会を得た。自然科学中心のシンポジウムの中に社会科学のセッションが一つあり経済学者のわたくしはそのセッションの担当として参加してきた。
   このリレーエッセイのほかの方々も指摘されているように、30代後半から40代前半の仕事盛りの時期に研究論文と直結するとは言い難いこのシンポジウムに参加するのはそれなりに負担が重かった。にもかかわらずシンポジウムに引きずり込まれるように5回にわたり参加してきたのは、ひとえに楽しかったからだと思う。振り返ってみて何が一番楽しかったかを考えてみると、シンポジウムの大多数の参加者には異質な分野である社会科学の魅力を伝えることができた点にあるといっていいと思う。私の専門は労働経済学で経済学の中でも現実の社会経済問題に直結した分野で、いわゆる一般向けの講演をしたり、テレビに出たり、メディアに書いたりといった機会はある。しかし、このシンポジウムの聴衆はいわゆる一般の人々ではなく、プロの科学者であり科学的なロジックを使って、自分たちが行っている研究の面白さを、その本質的な面白さを妥協せずに伝えることができる。これが社会科学者としてこのシンポジウムに参加することの楽しさだったといえる。これはスピーカーとして話をしている時も、一般聴衆としてポスター発表しているときも、企画委員として自然科学分野の企画委員を説得しているときにもずっと感じてきたことだ。自分の分野の研究の魅力を、その本質を薄めることなく、専門家以外の人々に伝えられることの楽しさは多くの研究者にも共感してもらえるのではないかと思う。
   残念なことに、自然科学や工学のバックグラウンドを持つ人々の中には人文学や社会科学に対して、これらの分野は思い付きでいろいろなことを言ったり書いたりしている、という偏見を持っている人々が一定数いる。実際には社会科学の多くの分野では、説明したい現象を説明する理論を考え、その理論から反証可能な予測を導き出し、その予測をデータと照らし合わせて検証するという作業を行っていて、その作業の流れは自然科学と変わらない(おそらく人文学の各分野も同様の事情だろう)。もっとも、自然現象ではなくて人間行動が研究対象であることに起因する特有のロジックはある。例えば経済学では、人間行動は社会環境から制約を受け、その人間行動が集積したものが社会環境を形成するというという事情を反映した理論構築を行う。また、理論を検証する際に、多くの場合、社会現象を対象にして実験を行うことが難しいことを反映して、自然実験のアプローチをとるところが多くの自然科学分野とは事情が異なる。このように社会科学に特有のアプローチは使うけれども、それは丁寧に説明していけば、自然科学者にも通じるものだと実感することができた。ポイントは、既存研究の限界を明確にしたうえで、それぞれの研究のカギになるイノベーションの部分を、妥協せずにロジカルに伝えることである。
   自然科学の人々に発信する喜びを感じるとともに、自然科学の方々から学ぶこともとても多かった。一生懸命説明してくださった自然科学の方には申し訳なくなるくらい、自然科学の基礎的素養にかけるので(例えば時間とか重さのサイズ感が全くない)、お話を伺っても、なんかすごそうなことをやってるなという感覚しかわかないことも多かった。もっとも、そもそも自然科学とひとくくりにすることが不適切なくらいに、分野ごとにカルチャーが違うことを感じることができた。数学・情報科学の人々はとても抽象度が高いことをやっているケースが多く、これは同僚の基礎的経済理論をやっている人々と近く既視感があった。一方で工学に近い分野の人々はとにかく具体的で結果が社会でどのように生かされているのかを強調する傾向がある。スライドの2枚目くらいに多岐にわたる社会での応用例のイラストが登場するのが特徴である。また、経済学に近いと感じたのが地球科学で、たとえば大気の温暖化をモデル化するにあたって、マイクロのメカニズムはそれなりにわかっているものの、それを集計したマクロ体系の挙動の検証は難しく、大昔の低頻度データをつないで相当粗い検証をしているところや、自然実験を使っているところに親近感を覚えた。テーマがでかくて重要だから、多少粗くてもやれる範囲のことをやるというスピリットが経済学の一部分野と通じると思ったのだ。もっとも、言葉足らずだったのか、地球科学の方に経済学に似ていると伝えたら、やや顰蹙を買ってしまったので、地球科学の人も経済学の同僚も敵に回す発言だったのかもしれない。
   FoSへの参加は長期的には私の研究の仕方に影響を与えている。一部の理論分野を除いて自然科学では研究室をもってチームで仕事をしているケースが多い。このチームのマネジメントについて、それぞれの研究者が哲学を持っていると感じることが多かった。研究チームには院生やポスドクが参加するが、それら参加者の立場で考えて、チームに参加することがどのようなメリットをもたらすか考えて研究室運営をしているというある研究者の言葉には感銘を受けた。経済学の中では参加制約として知られるこの概念を実行に移している彼は天性のリーダーといえるのではないかと思う。こんな経験に触発されて、研究者がライフサイクルの中で現場研究者からラボ主催者へと変化していく様子を分析した論文を同僚経済学者二人と書いた (Daiji Kawaguchi, Ayako Kondo and Keiji Saito, Researchers' Career Transitions over the Life Cycle. Scientometrics, 109 (3), 1435-1454. 2016.)。
   また、振り返ってみると、FoSへの参加が広い意味での研究者としてのキャリアに影響を与えていくことはあるだろうと感じている。経済学の分野でもデータが大型化したり、フィールド実験を行ったり、官庁や民間企業との共同研究を進めたりといった形でプロジェクト規模が大型化しつつある。大型プロジェクトを実行するためには大きな研究資金を得ることが必要になるが、研究資金が大型化すればするほど説得しなければいけない関係者は増えてきて、その中には自然科学分野の研究者も多くなる。そんな中で、幅広い分野の人々を説得するためのロジックを身をもって学べたことはかけがえのない資産になったと思っている。FoSに誘われた若手研究者の方々には、将来そのような役割が期待されている面があるのかもしれない。厳しい時間制約の中で、参加を決めるのは難しい判断だとは思うけれども、短期的視点だけではなくて、長期的な視野で考えてFoSへの参加を検討してみてもいいのではないかと思う。
   このような経験を積む場を、日本学術振興会が提供してくれたのはありがたかった。各大学でこのような機会を提供することは、よほど大きな規模の総合大学でない限りは難しいと思われるため、日本における学術発展を目的とする日本学術振興会が事業主体となることが適切だろう。事業の一層の発展を願いたい。


第13回JAFoS   第14回JAFoS:日米PGM

【第13回JAFoS】

 

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第1回JAGFoS:PGM会議   第1回JAGFoS:日本側PGM・事業委員

【第1回JAGFoS:PGM会議】

 

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