事業の成果

准教授:五十嵐 圭日子

准教授:五十嵐 圭日子

「セルロース分解に関わる酵素の分子メカニズムの解析」

東京大学 大学院農学生命科学研究科 准教授
五十嵐 圭日子
〔お問い合わせ先〕TEL:03-5841-5258 E-MAIL:aquarius*mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
(注)メールアドレスは、「@」を「*」に置換しています。

研究の背景

 自然界には様々な植物が存在しますが、ほとんどすべての植物において細胞壁に最も多く含まれるのが「セルロース」です。セルロースは、分子を何本かより合わせて自然界でもっとも強靱とされるセルロースナノファイバーを形成しています。
 私が主な研究対象としているのは、植物細胞壁を炭素源として生きているきのこやカビです。きのこやカビが持つ非常に強力な菌体外の消化酵素系をうまく使いこなすことができれば、植物細胞壁を繊維としてだけでなく、様々な物質に変換して利用できるのではないかというのが、研究の基本概念です。

研究の成果

 私は、強靱なセルロース分子を効率よく分解することができるセルラーゼ(図1)の分子メカニズムの解明に魅力を感じ、はじめは生化学的視点から、最近は生物物理学的視点からその機構を探ってきました。生化学的解析では、セルロースの表面で働く酵素の密度が高くなるほど反応効率が悪くなることを見出し、「酵素の表面密度」という概念を取り入れました1、2。高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)を用いたセルラーゼの1分子解析にも成功し3、酵素の密度が高くなると反応速度が遅くなるという生化学的な現象が、「酵素の渋滞」によって説明できることを発見しました(図2)4。さらに、酵素の進む速度と分解の関係5や、セルロースとよく似た構造をもつキチンの分解酵素であるキチナーゼの観察にも成功しました6。このような解析から、セルロースなどの不溶性の基質を分解する酵素は、道路を走る自動車と同じように、反応速度だけを速くしても分解は効率化できず、むしろ基質の表面積や酵素の大きさに合わせて適切な分子の流れをつくることが重要であることが明らかになってきました。

今後の展望

 上に示した結果から、世界中のバイオマス研究者が「いかに酵素の渋滞を解消するか」「いかに渋滞しない酵素を開発するか」という考え方でセルラーゼの研究を進めるようになりました。私自身は、引き続きセルラーゼの渋滞が起こるメカニズムの解明に力を注ぐとともに、きのこやカビがどうやって植物細胞壁を分解してエネルギーを獲得しているのかを明らかにしていこうと考えています。植物がどのようにして植物細胞壁をつくり、微生物はどのようにしてそれらを分解するのか、そのメカニズムを知ることこそが人類が循環型の社会を構築するための鍵になると信じています。

参考文献

  1. Igarashi, K., et al. FEBS J. 273: 2869-2878(2006)
  2. Igarashi, K., et al. FEBS J. 274: 1785-1792(2007)
  3. Igarashi, K., et al. J. Biol. Chem. 284: 36186-36190(2009)
  4. I garashi, K., Uchihashi, T., et al. Science 333: 1279-1282(2011)
  5. Nakamura, A., et al. J. Amer. Chem. Soc. 136: 4584-4592(2014)
  6. Igarashi, K., Uchihashi, T., et al. Nature Commun. 5: 3975(2014)
図1 セルロース表面で反応を行うセルラーゼの立体構造
 典型的なセルラーゼはセルロース結合性ドメインと化学反応を行う触媒ドメインからなる。

図1 セルロース表面で反応を行うセルラーゼの立体構造
 典型的なセルラーゼはセルロース結合性ドメインと化学反応を行う触媒ドメインからなる。

図2  高速原子間力顕微鏡で観察されたセルラーゼ分子の渋滞(上)と渋滞が起こる様子を再現した模式図(下)

図2  高速原子間力顕微鏡で観察されたセルラーゼ分子の渋滞(上)と渋滞が起こる様子を再現した模式図(下)

関連する科研費

2007-2008年度若手研究(A)「糖酸化酵素を用いたセルラーゼ活性のリアルタイムモニタリング」
2009-2010年度若手研究(A)「高速原子間力顕微鏡を用いた固液界面におけるセルラーゼ分子の可視化」
2012-2014年度基盤研究(B)「未利用バイオマスの完全酵素糖化を目指したβーグリカナーゼ新規アッセイ法の開発」
2012-2016年度新学術領域研究・研究領域提案型「植物細胞壁成分の合成酵素および分解酵素を用いた細胞外情報処理空間の動的可視化」