事業の成果


教授:野林 厚志

教授:野林 厚志

「作られたエスニシティから築きあげるエスニシティへ」

国立民族学博物館 文化資源研究センター 教授
野林 厚志
〔お問い合わせ先〕TEL:06-6876-2151(代表)

研究の背景

 「エスニシティ(Ethnicity)」という言葉は、日本ではあまりなじみがないと思います。直訳すれば、「民族性」が適当ですが、「民族らしさ」、「民族(集団)」と訳すこともできます。最近、日本では二重国籍をもつ人の国家への帰属意識が問題視されました。集団への制度的、形式的な帰属と、個人のアイデンティティのありかたは必ずしも一致しません。人間の移住が世界規模で生じているグローバル化の環境のなかで、日本人のエスニシティの感覚はあまり鍛えられていないのかもしれません。
 一方で、かつて日本は、他の国や地域でエスニシティに関わる重要な問題を引き起こしました。その一例が、植民地であった台湾における民族集団の定義です。日本統治時代(1895~1945)、日本の研究者や植民地政府の台湾総督府は、台湾の先住民族を言語、社会組織、物質文化といった観点から分類しました。第2次世界大戦後、台湾を統治した中華民国政府は日本統治時代の民族分類を踏襲しました。
 1980年代以降、台湾の民主化にともなって、当たり前のように用いられてきた民族分類への疑義が当事者から出されました。外部者、施政者による一方的な民族分類が検証され、当事者である原住民族(現在の台湾の先住民族の一般的呼称)自身の民族アイデンティティの高まりが、民族の再構成を進めている状況が生まれています。

研究の成果

 本研究で私たちは、日本の植民地政府が確立した民族分類が現代の人々によってどのように検証され、当事者が主体となるエスニシティの再構築のダイナミクスを明らかにするために文化人類学的なフィールド調査を行っています。
 エスニシティが決まる要件は複合的です。言語や社会のありかた、物質文化や民族の歴史の固有性などが個別的に主張されても、集団としてのエスニシティを保証するとはいえません。また、自らが「〜〜 族」であるといくら主張しても、それが対外的に認知されなければ、社会の中でエスニシティを確立することはできません。調査から明らかになってきたのは、エスニシティを主張していくポリティクス(政治的な力)が公的な場面と私的な場面の両方に巧みに働いているということです。差異を強調するだけでなく、関係を主張することによって異なる民族であることを示す戦略も見られます。これは、関係という対称性をエスニシティの相違の確証とするポリティクスです。

今後の展望

 この研究課題の直接の目的は、台湾におけるエスニシティの形成過程を明らかにすることです。現在進行形で、新たな民族、エスニシティが生まれていく状況はとても刺激的です。また、人間の帰属意識はどのように形成されていくのかをモデル化することで、他者のアイデンティティに寛容な態度を涵養(かんよう)することにつなげられないかと考えています。
 研究を進めていくなかで、エスニシティへの意識が大きく変わる1980年代以前に、原住民族社会にはどのような民族意識が存在していたのかを検証することの重要性を痛感するようになってきました。新たな研究プロジェクトの可能性も探りながら、この研究を進めていきたいと考えています。

図1 台湾原住民族の日本統治時代の分類と現代の分類

図1 台湾原住民族の日本統治時代の分類と現代の分類

図2  原住民族性を可視化する際に有効な手段となる、民族衣装を着たパイワン族の親子

図2  原住民族性を可視化する際に有効な手段となる、民族衣装を着たパイワン族の親子

関連する科研費

2010-2013年度基盤研究(B)「台湾原住民族の民族分類と再編に関する人類学的研究:学術、制度、当事者の相互作用」
2014-2017年度基盤研究(B)「台湾原住民族の分類とアイデンティティの可変性に関する人類学的研究」