事業の成果

教授 山縣 ゆり子

教授 山縣 ゆり子

「ゲノム安定性の構造生物学の新視点」

熊本大学 大学院生命科学研究部 教授
山縣 ゆり子

研究の背景

 構造生物学は、タンパク質のような生体高分子の3次元立体構造に基づき機能を解明する学問です。その主な研究手法であるX線結晶構造解析を用いたゲノムの安定性に関わるタンパク質-DNA複合体の立体構造の決定は、ゲノムの傷を修復する仕組みや複製の忠実度の多様性などを原子レベルで解明することに多大な貢献をしてきました。ゲノム安定性の構造生物学の新しい視点として、時間軸を加えた4次元構造レベルでゲノムの修復、複製に関わる酵素の働く仕組みを可視化(酵素反応過程の追跡)することがあります。
 そこで、私たちは、ヒトのDNAポリメラーゼηに注目しました。複製型のDNAポリメラーゼは、紫外線により生じる損傷のひとつであるチミン二量体が存在するとDNA合成反応を停止します。すると、DNAポリメラーゼηは複製型DNAポリメラーゼに代わり、その損傷を乗り越えて正しくDNA合成を行います。また、その働きにより紫外線による皮膚がんの発症を抑えていることが知られています。

研究の成果

 まず、DNAポリメラーゼη-DNA-dATP複合体の結晶を調製しました。この結晶は、酵素の真の基質であるdATPを用いていますが、反応は起こらない状態にしてあります。次に結晶をMg2+存在下に移し、反応を開始させ、結晶の凍結により反応を停止させました。そして、反応の開始から300秒後まで、約40秒の間隔で中間体の構造をX線結晶構造解析法で決定しました。
 その結果、図に示したように、まずdATPと2つのMg2+が反応開始位置にくると、DNAプライマー鎖の末端の3'-OH基が脱プロトン化をうけ、続いてDNAが糖のコンフォメーションを変えながらリン酸ジエステル結合を形成するという酵素反応の詳細な過程がはじめて明らかになりました。さらに、まったく想定外の第3のMg2+が反応中間体を安定化する様子や水が3'-OH基の脱プロトン化を行うことを観察しました。
 この研究成果を公表後(Nakamura et al, Nature, 2012)、同じ手法(低温トラップ法を用いた時分割X線結晶構造解析)で、ゲノムの修復、複製に関わる酵素などさまざまな酵素の反応過程を追跡した4次元レベルの研究がほかの研究グループからも次々と報告されています。

新たにわかったDNAポリメラーゼηの触媒反応機構 左から反応前の構造、反応開始の構造、中間体の構造、反応直後の構造を示す。

新たにわかったDNAポリメラーゼηの触媒反応機構
左から反応前の構造、反応開始の構造、中間体の構造、反応直後の構造を示す。

今後の展望

 今後は、X線自由電子レーザーを利用すれば、より反応時間の早い酵素についても、反応過程を追跡できるようになります。このように酵素反応機構が詳細に解明されると、その知見は、酵素反応をモデルにした人工触媒の設計に役に立つと期待されています。

関連する科研費

平成22-26年度新学術領域研究(研究領域提案型)「クロマチンリモデリングの構造生物学」