事業の成果

特任教授 井上 晴夫

特任教授 井上晴夫

「人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換」

首都大学東京 大学院都市環境科学研究科
人工光合成研究センター センター長 特任教授
井上 晴夫

研究の背景

 天然の光合成は、エネルギー変換の視点からも物質循環の視点からも理想的なシステムで、新エネルギーを獲得する際の手本といえます(図1)。水分子から光エネルギーで取り出した電子(水の酸化)が、段階的に二酸化炭素に移動する(還元)ことが光合成の鍵になっています。
 化石燃料は、地球の歴史に匹敵する長い時間をかけて、大気中の二酸化炭素を還元固定して生成しました。この化石燃料を人類は産業革命以降、極めて短期間に大量に消費するようになり、その結果、大気中の二酸化炭素濃度が増え続けています。気候変動の深刻な懸念も指摘されている現在、二酸化炭素を排出しない新しいエネルギー獲得方法に移行する方策として、無限に近い太陽光エネルギーを物質に蓄積させる人工光合成の実現が期待されています。人工光合成には、①生物化学の視点から天然の光合成を利用する、②半導体の光触媒作用により水から酸素と水素を生成するホンダ・フジシマ効果(1972, Nature)を展開する、③光合成にヒントを得て金属錯体などの分子触媒により水を光分解する(図2)、などのアプローチがあります。中でも分子触媒による人工光合成の実現は、近年の進歩はあるものの化学的に極めて安定な水分子から可視光照射により電子を取り出すことが困難なため、これがボトルネックになっています。

図1 人工光合成の手本となる天然の光合成のポイント

図1 人工光合成の手本となる天然の光合成のポイント

図2 分子触媒による人工光合成

図2 分子触媒による人工光合成

研究の成果

 私たちは、この人工光合成の実現の鍵となる水分子からいかにして電子を取り出すかについて研究を進め、ついに水の2電子酸化活性化に成功しました。水分子の酸化活性化には、1電子、2電子、あるいは4電子を水から移動させる方法があります。天然の光合成と同じように分子触媒への光照射で水から酸素を発生させるには、4個の電子を移動させる必要があります。1個の光子を分子触媒に吸収させて1個の電子を移動させると、分子触媒は1電子ずつ酸化された不安定な+1、+2、+3の高酸化状態のまま次の光子が届くのを待たなければなりません。すると、次の光子を待つ間に、自身の分解反応や副反応などが起きてしまい、段階的に4光子を分子触媒に吸収させて水を酸化分解することは困難です。これを「光子束密度条件の問題」(Photon-flux-density problem)と呼びます。私たちはこの問題を回避するために、次の光子の到着を待たずに1光子で水を2電子酸化(過酸化水素の発生を含む)することに成功しました。しかも地球上に最も豊富に存在する金属であるアルミニウムを中心金属とするポルフィリン誘導体分子触媒を開発するとともに、水の酸化生成物として酸素より有用な過酸化水素を生成することができました。

今後の展望

 この反応系を高効率化すれば分子触媒による人工光合成が新展開する可能性があります。また、太陽電池で水の電気分解を行う際に電極上に分子触媒を配置して高効率に水素を発生させるなど、ほかのアプローチと融合させることも期待できます。

関連する科研費

平成24-28年度新学術領域研究(研究領域提案型)
「人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換:実用化に向けての異分野融合」