事業の成果

教授 菊地 栄治

教授 菊地 栄治

「〈多元的生成モデル〉にもとづく教育社会づくりへの臨床的研究」

早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授
菊地 栄治

研究の背景

 1989年に国立教育研究所(現 国立教育政策研究所)研究員として着任後、全国の高校教育改革のフィールドワークや実証研究を進める中で、教育委員会主導の改革の限界に気づかされました。「同質的な(多くは「優秀な」)生徒」を集めてなされる改革が、持続可能性・実践的汎用性・構造的革新性の乏しい取り組みにとどまるという矛盾…。そうした折に、収集された総合学科の実践資料を通読していたとき、大阪府立松原高校の分厚い実践資料『あゆみ』が目に留まり、深く感銘を受けました。形式主義的な企てでも教師側の理念の押しつけでもなく、生徒を大切にする内発的な試みを当事者がいっしょに紡いでいく、そんな物語の中に高校教育改革のめざすべき方向性がかすかに見えてきた瞬間でした。

研究の成果

 当事者と協働してこちら側の「受信アンテナ」を鍛える上で、科学研究費はとてもありがたい自律的資源でした。大阪府立松原高校でまかれた種子は、同布施北高校、同富田林高校などへと広がっていきました[『希望をつむ ぐ高校』(岩波書店、2012年上梓)]。あわせて、「後期子ども」の社会保障や〈若年市民層〉の教育エンパワメントに関する共同研究などを通して、〈一元的操作モデル〉と〈多元的生成モデル〉とを峻別することの重要性にたどりつきました(図1)。〈一元的操作モデル〉の改革が当事者を疲弊させ、思考を単純化させ、若年層のエンパワメントをもたらさないという現実が見えてきました。次の段階として、①「なぜ〈一元的操作モデル〉に翻弄されてしまうのか?」という疑問を解明することと、②「いかにして〈多元的生成モデル〉にもとづく試みは可能になるのか?」という問いに当事者とともに向き合っていくこと、という二つの課題を探究する必要が生まれました。
 前者については、2004・15年の全国高校校長・教員質問紙調査データから、構造的問題を浮き彫りにすることができました(図2)。たとえば、①教員の多忙化に伴う自律的思考の衰退(とくに、ミドルリーダー層の変化の危機的状況)、②受験学力やコミュニケーション・スキルなど内向きの力の育成に偏る傾向が顕著であること、などに気づかされました。

図1 教育社会を読み解く二つのモデル

図1 教育社会を読み解く二つのモデル

図2 高校生が「優先して身につけるべきこと」「高校で生徒は何を身につけるべきだと考えますか」という質問への公立高校教員の回答(複数回答)。

図2 高校生が「優先して身につけるべきこと」
※「高校で生徒は何を身につけるべきだと考えますか」という質問への
 公立高校教員の回答(複数回答)。

今後の展望

 グローバル化への対応、「公共」という新科目の設定、アクティブ・ラーニングの推進、選挙権年齢の18歳への引き下げに対する対応などが次の改革テーマになっています。そこで重要になるのが、異質な存在を含む「社会」をいかにして対話的な関係が成立する場にしていくかということです。今後とも、現在かかわりをもっている高校を含めて、当事者の方々との協働作業を通して自らをもっと鍛えながら、少しでもよりよい教育社会となるような学術的・協働的な試みを広げていくことができれば幸いです。

関連する科研費

平成15-17年度萌芽研究「〈公共性〉を育む高校教育改革の実践と構造に関する臨床的研究」
平成20-22年度基盤研究(B)「『後期子ども』の教育エンパワメントの実践と構造に関する総合的研究
平成24-26年度基盤研究(B)「〈若年市民層〉の教育エンパワメントの実践構造と促進方策に関する臨床的研究」
平成26-28年度挑戦的萌芽研究「高校教育改革における〈多元的生成モデル〉の構築に関する臨床的研究」