事業の成果

写真:教授 菅原 ますみ

教授 菅原 ますみ

生涯発達におけるクオリティ・オブ・ライフと精神的健康

お茶の水女子大学 基幹研究院 人間科学系 教授
菅原 ますみ

研究の背景

  子ども期も含めて人の一生のあいだに出現する多くの精神疾患や問題行動には、その発現要因として環境に由来するストレスが深く関わっており、個体の持つ遺伝子などの生物学的脆弱性やその時々の心理的状態との複雑な交互作用によってその発現の危険性は増減します。環境ストレスに関する指標のなかでも、個人が評価する自分の生活や対人関係・健康状態への満足度、人生幸福感などの主観的ウェルビーイングは、個人の環境に対する評価や心理社会的状況を示す重要な指標であり、近年の医学や心理学、保健学、公衆衛生学、社会福祉学といったアカデミズムだけではなく、発展途上国を含む全世界的な政策評価の指標として、UNICEFやOECDなどの国際機関でも注目されるようになってきています。私たちの研究グループでは、妊娠・出産期から親子の発達を追跡した長期縦断サンプルを対象とした調査をもとに、児童期から成人前期までの子どもと、成人前期から初老期までの両親のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)の時系列的変動と精神的健康との関連について検討し、精神的健康の健全維持に関するライフスパン・メカニズムの解明をめざして研究を続けています。

研究の成果

  世界保健機関の『WHO QOL26』による胎児期から成人期までの様々な年齢の子どもを持つ両親(合計10,757名)のQOL指数の分析から、子育て初期の両親のQOLの相対的低さが示され(1・2歳を底とする緩やかなU字型の推移)、この時期の家庭に対する物理的・対人的サポートの重要性を示すエビデンスを提出しました(図1)。家族のQOL値を長期的な観点から検討した研究は世界的にもほとんどなく、日本人の有子・有配偶層のQOL標準値に関する貴重な基礎的資料を得ることができました。また、家庭の低所得が親のストレスを経由して養育の質と教育投資の低下につながり、小学生期の子どもの学力やQOL、学校適応や精神的健康に影響するという結果も得られており、子どもの貧困率が上昇しているわが国において、経済的・教育的資源の乏しい家庭の子どもたちに対する支援が早急に必要であることもわかりました(図2)。

図1 子育て期の両親のQOL指数の推移(横軸は子どもの年代を表し、pregnancyは胎児期、childhood:10~12歳 youth:14~22歳 adulthood:23~30歳。アスタリスクは両親間で有意な差があることを示す。*:p<.05;**:p<.01)
図1 子育て期の両親のQOL指数の推移
(横軸は子どもの年代を表し、pregnancyは胎児期、childhood:10~12歳 
youth:14~22歳 adulthood:23~30歳。アスタリスクは両親間で有意な
差があることを示す。 *:p<.05;**:p<.01)
>図2 家庭の社会経済的状況の人間発達への影響に関する多世代相互作用モデル(The Interactionist Model of Socioeconomic Influ- ence on Child Development: IMSI)による分析結果(N=324世帯)
図2 家庭の社会経済的状況の人間発達への影響に関する多世代相互作用モデル
(The Interactionist Model of Socioeconomic Influ- ence on Child
Development: IMSI)による分析結果(N=324世帯)


今後の展望

  長年にわたって科研費の助成をいただき、妊娠期から子どもの成人期に至るまでのわが国の親子の発達と健康に関する希少な長期縦断データベースを構築することがかないました。今後の解析を通じて、ライフスパンでの家族の発達と精神的健康に関する予防的な理論を提案していきたいと考えています。

関連する科研費

平成9-11年度萌芽的研究「思春期における不適応行動の出現と家族ダイナミズムとの関連に関する縦断的研究」
平成12-13年度基盤研究(C)「子どものパーソナリティと不適応行動に関する行動遺伝学的研究―家庭環境要因との関連から―」
平成14-17年度基盤研究(B)「パーソナリティと不適応行動の発達に関する縦断的検討:生後20年間の追跡研究から」
平成18-21年度基盤研究(A)「発達移行期の不適応行動に関する発達精神病理学的研究:マルチコーホートの追跡から」
平成24-28年度基盤研究(A)「生涯発達におけるクオリティ・オブ・ライフと精神的健康」