事業の成果

写真:主任研究員 二橋 亮

主任研究員 二橋 亮

トンボの生存戦略に関する体色と色覚の進化

国立研究開発法人産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門
主任研究員
二橋 亮

研究の背景

  トンボは、鮮やかな体色や斑紋を持つ種が多く、また嗅覚や聴覚が退化していることから、基本的に視覚を用いて相手を認識すると考えられています。真っ赤なアカトンボや大きな複眼は、「赤とんぼ」(作詞:三木露風、作曲:山田耕筰)や「とんぼのめがね」(作詞:額賀誠志、作曲:平井康三郎)などの童謡でもおなじみです。しかし、トンボの体色や色覚に関わる分子機構は、ほとんど解明されていませんでした。

研究の成果

  アカトンボは、成熟過程でオスが黄色から赤色に変化します(図1)。今回、私たちはアカトンボの赤色色素が2種類のオモクローム系色素からなること、さらにこれら色素の還元反応によってアカトンボの体色が黄色から赤色に変化することを突き止めました。色素による動物の体色変化のほとんどは、①新たな色素の合成や分解、②体内における色素の局在変化、③餌からの色素の取り込み、の3つのメカニズムで説明されてきましたが、今回発見したメカニズムは、動物では、これまで知られていないものでした(Futahashi et al. 2012 PNAS)。一方、動物の色覚には光受容体を作るオプシン遺伝子が重要です。たとえば、ヒトは青、緑、赤に対応するオプシン遺伝子を持つため、三原色をもとに色を認識しています。私たちは12種のトンボにおいて、オプシン遺伝子の網羅的な探索を行ったところ、15~33種類という多くのオプシン遺伝子が存在することが明らかになりました(図2)。興味深いことに、大部分のオプシン遺伝子は、幼虫複眼、成虫複眼の背側、成虫複眼の腹側のどこか1箇所のみで働いていました。このことから、トンボは水中に届く光、空から直接届く光、地表の物体からの反射光を別々の遺伝子セットで認識することにより異なる光環境に適応するという、非常に複雑な色覚システムを持っていると考えられました(Futahashi et al. 2015 PNAS)。

図1 アカトンボの一種・ナツアカネのペア(左がオス)。オスの成熟に伴う黄色から赤色への体色変化は色素の還元反応によることが明らかになった。撮影者:二橋亮

図1 アカトンボの一種・ナツアカネのペア(左がオス)。オスの成熟に伴う黄色から赤色への体色変化は色素の還元反応によることが明らかになった。撮影者:二橋亮

図2 ギンヤンマのオス。大きな複眼では、多くの色覚遺伝子が働いていることが明らかになった。2015年3月17日号PNAS表紙から転載。撮影者:二橋弘之

図2 ギンヤンマのオス。大きな複眼では、多くの色覚遺伝子が働いていることが明らかになった。2015年3月17日号PNAS表紙から転載。撮影者:二橋弘之


今後の展望

  アカトンボの還元型色素は、日差しに強い成熟オスに多いことから、この色素は紫外線による酸化ストレスを軽減する役割を持つ可能性があります。そこで、体色変化の分子機構を解明すれば、抗酸化作用に関する新たな知見が得られるかもしれません。また、細胞レベルでオプシン遺伝子の解析を進めることにより、色覚の進化や異なる光環境への適応に関する知見が深まると考えています。これらの研究を通じて、生物の適応進化に関する理解を深めたいです。



関連する科研費

平成23-25年度若手研究(B)「トンボの体色変化・体色多型の分子基盤の解明」
平成26-29年度若手研究(A)「アカトンボの体色と色覚の進化」