事業の成果

写真:准教授 太田 慎一

准教授 太田 慎一

滑らかでない空間での幾何と解析

京都大学 大学院理学研究科 准教授
太田 慎一

研究の背景

  滑らかな空間とは、球面のような角のない曲がった空間(多様体)のことで、その曲がり方は曲率という数で表されます。曲率には幾つか種類があり、滑らかな構造を用いた計算で与えられます。曲率がある定数以上あるいは以下であることを幾何学的な性質で特徴づけ、その性質を満たす滑らかでない空間を研究することが、20世紀終盤から活発に行われています。例えば断面曲率については、三角形を用いた特徴づけが古くから知られており(図1)、その性質を満たす滑らかでない空間(図2)の研究は、ペレルマンによるリッチ流を用いた幾何化予想の解決にも寄与しました。

   断面曲率より弱い(情報の少ない)曲率として、体積を測る尺度である測度を制御するリッチ曲率があります。リッチ曲率の下限の特徴づけは長い間未解決でしたが、Lott、Sturm、Villaniらにより最適輸送理論を用いて相対エントロピーの凸性として与えられました。この性質は曲率次元条件と呼ばれています(図3)。

図1 断面曲率の下限・上限の三角形による特徴づけ。正曲率では内角の和がπ以上、負曲率ではπ以下になる。

   図1 断面曲率の下限・上限の三角形
   による特徴づけ。
   正曲率では内角の和がπ以上、負曲率
   ではπ以下になる。


図2 滑らかでない非負曲率空間の例(円錐の表面)。<br />頂点では曲率が無限大であると見なせる。

   図2 滑らかでない非負曲率空間の例
   (円錐の表面)。
   頂点では曲率が無限大であると見なせる。


図3 曲率次元条件のイメージ。上の正曲率の場合は真ん中で広がり、下の負曲率の場合は真ん中で縮まる。

   図3 曲率次元条件のイメージ。
   上の正曲率の場合は真ん中で広がり、
   下の負曲率の場合は真ん中で縮まる。


研究の成果

  私の研究対象の1つは、フィンスラー多様体という角度の定義できない空間です。距離は定義できますが、対称にはなりません(ある点AからBに行くときと、BからAに行くときでは距離が異なる)。非対称性は現実世界ではありふれたものであり、フィンスラー多様体はそれを実現する空間の1つです。私はフィンスラー多様体上に適切なリッチ曲率を導入し、それを下から押さえることが曲率次元条件と同値であることを示しました(リーマン多様体でのSturmらの結果の拡張)。

  また、Gigli、桑田と共同で、滑らかでない空間での適切な熱流の理論を構築しました。熱流は相対エントロピーの勾配流として捉えられ、曲率次元条件を通してリッチ曲率と深い関係があることがわかります。

今後の展望

  上で述べたフィンスラー多様体での成果をもとに、曲率次元条件を満たす空間の豊富な例が得られます。また、曲率次元条件だけからでは角度の存在を導けないことを意味し、現在活発に研究されているリーマン的曲率次元条件(曲率次元条件に角度についての構造を付加したもの)の導入へとつながりました。最適輸送理論や熱流はリッチ流とも深いつながりがあり、滑らかでない空間でのリッチ流の研究なども興味を持たれています。

  滑らかでない空間やフィンスラー多様体は様々な分野で自然に現れ、その研究の重要性は増しています。また、幾何学的な性質に着目して議論することで、滑らかな空間の理解に対して新たな知見が得られることもあります。



関連する科研費

平成20-22年度若手研究(B)「確率測度の空間の幾何学とその応用」
平成23-26年度若手研究(B)「測度距離空間の幾何学と最適輸送理論」