事業の成果

写真:教授 加藤 泰史

教授 加藤 泰史

尊厳概念のアクチュアリティ
―多元主義的社会に適切な概念構築に向けて―

一橋大学 社会学研究科 教授
加藤 泰史

研究の背景

  EU憲法に「人間の尊厳」が最高規範として位置づけられたことで、かえってドイツ語のMenschenwürdeと英語のhuman dignityとが概念内容的に必ずしも一致しないことが明らかになるとともに、スイス憲法に「被造物の尊厳」の概念も導入されましたが、その結果ヨーロッパ内部ですら尊厳理解が混乱し始めました。他方、尊厳の毀損が深刻になる現場が急速に拡大しています。それは、高齢者や移民、さらにLGBT(性的少数者)を含む様々なマイノリティの直面する現実にほかなりません。多元化する現代民主主義社会にあって、こうした人たちを含めた尊厳概念をいかに適切に規定できるのかという哲学的な問いは、超高齢化する社会にあってその試金石になるとさえ言えるでしょう。その意味で、民主主義的で多元主義的な現代社会にふさわしい柔軟で包括的な尊厳概念を構築することは、喫緊の課題であると私たちは考えました。

研究の成果

  私たちの研究グループは、海外の研究者と数回にわたって国際ワークショップで討議を重ねてきました。その結果は次のようにまとめることができるでしょう。

  ①日本が「生命の尊厳」(「少子化対策基本法」)および「高齢者の尊厳」(厚労省「2015年の高齢者介護」)といった新たな尊厳概念を発信して欧米で注目されていることは、意外にも国内では知られていない。特に後者の内実に「自分らしさ(Selbstsein)」という意味が付与されている点(これは「尊厳死」理解をめぐるインタビュー分析からも実証できる)が、欧米では関心を持たれている。それは「自律(Autonomie)」と密接に関係づけられた欧米の尊厳理解では把握不可能だからである。

  ②多元主義的社会に柔軟に対応するためには、尊厳概念を適切に多元化する必要がある。そのための試金石が日本やスイスの発信した新たな尊厳概念にほかならない。このとき「自律」を「自己愛(Selbstliebe)」と捉え直して、尊厳概念を拡張する試みが有力な指針として提案できる。

  これは、尊厳概念の最新の理論動向を整理した上で、多元化するための理路を具体的に提案した最初の試みであり、混迷している欧米の尊厳研究に重要な一石を投じて包括的な概念形成への道筋を開く画期的な研究成果です。

今後の展望

  この研究を推進することによって、次のことが期待できます。

  ①多元化を通して「生命の尊厳」などを繰り込んだ尊厳の柔軟で包括的な概念を初めて確立することで、尊厳研究に多大な理論的貢献が可能となり、混乱した研究状況を沈静化できます。

  ②「高齢者の尊厳」を理論的に定式化することで、超高齢化問題の解決に一定の役割を果たすことが期待できます。

  今後は、尊厳の毀損が深刻な現場を具体的に検討しながら、国際ワークショップでの議論をさらに積み重ねて、この研究をよりいっそう発展させたいと考えています。



関連する科研費

平成19-22年度基盤研究(A)「ドイツ応用倫理学の総合的研究―「人間の尊厳」概念の明確化を目指して―」
図1 ドイツ・デュッセルドルフ大学ゲストハウス(ミッケルン城)で開催された国際ワークショップで、内外の共同研究者とともに。

図1 ドイツ・デュッセルドルフ大学ゲストハウス (ミッケルン城)で開催された国際ワークショップで、内外の共同研究者とともに。

図2 一橋大学(佐野書院)で開催された国際ワークショップで、内外の共同研究者とともに。

図2 一橋大学(佐野書院)で開催された国際ワークショップで、内外の共同研究者とともに。