事業の成果

写真:准教授 渋谷 俊夫

准教授 渋谷 俊夫

「苗生産における生態的トレードオフの解明と環境制御への応用」

大阪府立大学 生命環境科学研究科 准教授
渋谷 俊夫

研究の背景

  苗の良否は農作物の生育を大きく左右することから、高品質な苗を生産・供給することは農業生産の安定化に大きく寄与します。苗の品質にはさまざまな要素がありますが、光合成能力やストレスに対する抵抗性は苗の潜在的な成長能力の指標として重要だと考えられます。植物は周辺環境から自身がおかれている状況を感知し、その形態や生理的特性を変化させることが知られています。このような植物の生態をうまく利用できれば、環境制御によって苗の成長能力を向上できる可能性があります。しかし、実際に取り組んでみると、私たちの都合に合わせて植物の生育を制御することは意外に難しいことがわかります。

研究の成果

  蛍光灯下のような高い赤色/遠赤色光比(R/FR比)の光照射下で育苗を行うと、植物はその光質から強光順化に似た形態的・生理的応答を示し、単位面積あたりの光合成能力や病害抵抗性を向上させます(図1)。このことは、高R/FR比の光照射によって苗の品質を向上できることを意味しますが、その一方で葉が展開することが遅くなり、植物個体の成長も遅くなるために、育苗により多くの時間がかかるようになります。これは、バイオマス分配を質的な要素の向上より優先させた代償として、量的な成長が制限されたためと考えられ、このとき量的成長と質的要素はトレードオフの関係になります(図2)。似たような現象は湿度環境についても見られます。低湿度環境下で育苗を行うと、植物のストレス抵抗性は向上しますが、育苗中の成長は遅くなります。これら高R/FR比の光照射下や低湿度下での質的要素の向上は、葉の展開を抑制し、バイオマスを質的要素の向上に利用した方が植物にとって有利な条件で起こる一種の防御反応と考えられます。

図1 異なるR/FR比の光照射下で育成したキュウリ苗の光合成特性およびうどんこ病抵抗性。R/FR比11は3波長型白色蛍光灯、R/FR比1.2は太陽光とほぼ同じ値。

図1 異なるR/FR比の光照射下で育成したキュウリ苗の光合成特性およびうどんこ病抵抗性。R/FR比11は3波長型白色蛍光灯、R/FR比1.2は太陽光とほぼ同じ値。

図2 植物の光環境応答で生じる量的成長と質的要素のトレードオフ

図2 植物の光環境応答で生じる量的成長と質的要素のトレードオフ

今後の展望

  苗生産において量的成長と質的要素との間にトレードオフが生じることは、速い成長と高い品質を両立させることが困難であることを意味しており、生産者は目的に応じて適切な手段を選択しなければならないことを示唆します。植物はさまざまな環境に順応しながら生活しており、その過程において限られたバイオマスを有効に活用するための選択を行っています。植物生産では、このような植物の生態的な戦略は生産者が求めるものとは必ずしも一致せず、生産性との間にトレードオフが生じることが少なくありません。質と量の両方を高めることが理想ですが、それをある水準で実現するためには、いくつかの要素を組み合わせた複合的な環境制御によって、バイオマス分配を好適に促す必要があると考えています。



関連する科研費

平成15-17年度若手研究(A)「短期間の低湿度処理による植物への環境ストレスの緩和」
平成20-21年度萌芽研究「植物の環境応答を利用した先端的防除技術の開発に関する基礎的研究」
平成24-26年度 基盤研究(B)「植物の自己防御機構を利用した高品質苗生産システムの開発に関する基礎的研究」
平成25-27年度 挑戦的萌芽研究「人工照明下における植物個体間の生態的相互作用の解明とその応用に関する基礎的研究」