事業の成果

写真:教授 松浦 純

教授 松浦 純

「ルター最初期資料の研究」

東京大学 大学院人文社会系研究科 教授(ドイツ語ドイツ文学)
松浦 純

研究の背景

  ルターの精神的苦闘に端を発した16世紀の宗教改革は、ドイツ精神史・文化史上屈指の出来事というだけでなく、個人の自立や宗教と政治社会との関係などをめぐって、近代世界の成立に大きな影響を与えました。他方、彼の思想は、人間の根源的な「関係性」の問題と徹底的に取り組むもので、近代を超えて現代の問題に直結する内実を持っています。これは20世紀後半になってドイツの専門研究で明らかにされたものですが、「人前」や「世間」という基本概念を持ち、「キリスト教的」な「罪の文化」とは対照的な「恥の文化」である、とも評された日本での共同性と主体性の問題とも、深く切り結ぶ事柄と言えます。そのような思想構造を探り出すためには、初期資料が決定的な役割を果たしてきました。伝統的には、宗教改革者として教会(教派)指導者となって以後の著作などが、「正しい教え」として教会形成の規準とされ、教派的なルター像の典拠となってきたのに対して、初期の資料には、自ら修道僧として修業しつつ、その経験の中で中世の神学思想と苦闘するさまが記録されており、そこから思想の方向性と基本構造が見てとれるからです。

研究の成果

  その際、初期資料といっても、最初の聖書講解(於ヴィッテンベルク大学、1513‐15年)以後が主に対象とされ、そのテクストの新エディションも2000年に完結しましたが、それ以前の最初期資料(エルフルト時代)については、19世紀末の非常に不十分なエディションしかありませんでした。私は、1983年の現地調査でその時期の新自筆資料を発見して以来、それをはじめとしてエルフルト時代全自筆資料(修道院蔵書への注記)の(新)校訂・注解作業に取り組み、2009年にその成果をドイツのルター全集続編第9巻として刊行することができました。下線などを含むすべての書き込みを対象テクストと一緒に活字に起こし、内容を当時までのすべての印刷本の当該箇所と照合して由来などを分析したものですが、さいわいドイツはじめオランダ、イギリス、アメリカ、日本の10ほどの専門誌で高い評価を受け、2013年には恩賜賞・日本学士院賞による顕彰を頂戴しました。

今後の展望

  この仕事によって、ルターの最初期資料の把握が質量ともに飛躍的に向上し、上に記した関心からの思想研究、またルターと中世思想の関わりについての研究がいっそう進むと期待されます。私自身もその後、ヴィッテンベルク時代初期にかけての資料研究および分析を進めてきたところです。



関連する科研費

平成11-12年度特定領域研究(A)「中世の諸思想潮流とルターの思想生成」
平成23-25年度

基盤研究(C)「初期資料から見るルターの思想構造」

神学教科書『命題集』への注記の一部。    

神学教科書『命題集』への注記の一部。
字体やインクの相違によって書き込み時期が分析できる。