事業の成果

写真:丸山千秋主席研究員

主席研究員
丸山 千秋

「脳形成に不可欠なスイッチタンパク質」

公益財団法人東京都医学総合研究所 
脳発達・神経再生研究分野 主席研究員
丸山 千秋

研究の背景

  胎児の大脳皮質が形成される際、神経細胞(ニューロン)は脳深部の脳室帯で発生後、脳表に向かって移動し、特定の位置に定着します。移動がうまくいかないと大脳皮質の層構造が乱れ、神経回路形成の障害となります。この過程に関わる遺伝子の突然変異は、脳形成異常や統合失調症、自閉症などの精神・神経疾患を引き起こしますが、これまでその詳しいメカニズムはあまり分かっていませんでした。

図1  RP58欠損ニューロンの細胞移動障害
図1  RP58欠損ニューロンの細胞移動障害

研究の成果

  私たちは「RP58」という転写因子がニューロン移動を制御し、ニューロンの脳表への移動をスムーズに行わせることを特定しました。
  すべての遺伝子は、スイッチにあたる“転写因子”と呼ばれるタンパク質により、はたらきがonになったりoffになったりする調節を受けます。RP58は、遺伝子をoffにする「抑制スイッチ」です。今回、マウスの脳ができる際、新生ニューロンをスムーズに移動させるために、RP58が神経の分化を促進するNgn2と呼ばれる遺伝子を適切なタイミングでoffにすることを明らかにしました。
  RP58遺伝子が欠失したマウスは、野生型マウスと比べて新生ニューロンの移動に障害がみられ、RP58がない脳では、Ngn2の発現が異常に亢進(こうしん)していました。この遺伝子の異常発現を抑制すると移動障害がレスキューされたことなどから、ニューロンをスムーズに脳表に向かって移動させるためには、RP58がNgn2の発現を抑制する必要があることがわかりました。
  一方、Ngn2自体もスイッチタンパク質の1つで、Ngn2がRP58遺伝子をはじめ複数の標的遺伝子の転写をonにするとニューロンの分化が進みます。すなわちRP58は、自らの遺伝子をonにしたスイッチタンパク質の遺伝子を、今度はoffにするという負のフィードバック制御機構を担うことが初めて明らかになりました。そして、遺伝子発現のonとoffのタイミングが大脳皮質の層構造の構築に重要であることが証明されました。

図2 今回明らかになったニューロン移動における遺伝子スイッチ制御機構 図2 今回明らかになったニューロン移動における遺伝子スイッチ制御機構

今後の展望

  今回の発見により、新生ニューロンの移動における、遺伝子スイッチの制御関係が明らかになりました。ニューロンの移動障害は脳形成異常や統合失調症、自閉症などの精神・神経疾患および発達障害を引き起こすことから、研究の成果がこれら疾患の病因解明や新しい治療法の開発につながることが期待されます。また将来、脳の再生医療において、神経細胞を正しく配置させる手法を開発するための基盤になることが期待できます。



関連する科研費

平成20-22年度基盤研究(C)「転写抑制因子RP58の大脳皮質形成における機能解析」
平成23-25年度基盤研究(C)「遺伝子制御ネットワークによる大脳皮質形成の分子機構の解明」
平成26-28年度 基盤研究(C)「大脳皮質形成過程における神経細胞移動制御の分子メカニズム」