事業の成果

写真:根来誠助教

助教:根来 誠

「動的核偏極によるNMR分光高感度化
~室温でNMR信号を1万倍増大することに成功~」

大阪大学 基礎工学研究科 助教
根来 誠

研究の背景

  核スピン(原子核の持つ微小な磁石)から発せられる電磁波信号を解析することで、試料内部の原子レベルの構造情報を知ることができます。これは、化学分析の分野ではNMR(核磁気共鳴)分光として、また、医療の分野ではMRI(核磁気共鳴画像)として広く利用されています。核スピンの向きはほとんどバラバラになっており、スピンの向きが揃っている割合を偏極率と呼びます。試料から発生する信号の強度はこれに比例し、NMRやMRIの感度もこれに比例します。
  試料にマイクロ波を照射すると、少量添加した安定ラジカル分子中の電子スピンを利用して核スピン偏極率を増大することができます。この方法を動的核偏極(DNP)と呼び、現在非常に注目されています。従来の方法のDNPでは、最大で660倍高感度化できますが、偏極率を10%以上に高めるには、さらに試料をマイナス270℃以下の極低温にして電子スピンの向きを揃える必要がありました(図1)。

研究の成果

  私たちは光励起三重項電子を用いたDNP(トリプレットDNP)によって、試料を室温に保ったままで、水素核スピン偏極率を34%まで向上させることに成功しました。ペンタセンなどの有機化合物では、光を照射した際に電子スピンの向きが温度に関係なく非常に偏った励起三重項状態が現れます(図2)。このような物質を試料に少量添加して光照射後にDNPを行えば、温度に関係なく核スピン偏極率を増大させることができます(図1)。本研究で得られた偏極率34%は、室温下で通常のNMR分光で用いられる10テスラの磁場中の状態より1万倍高い偏極率です。

図1 従来のDNP(動的核偏極)と本方法の比較。

図1 従来のDNP(動的核偏極)と本方法の比較。

図2 ペンタセン分子とそのエネルギー準位図。

図2 ペンタセン分子とそのエネルギー準位図。

今後の展望

  NMR信号を1万倍増大できるということは、これまでより1万分の1の微量な試料の分析が可能になることを意味します。本方法は従来法と異なり極低温装置が不要なため、実用化されれば大幅なコストダウンが期待されます。低温で劣化する樹脂などの材料や生体物質も高感度化できるようになれば、先端材料の開発や生体物質の機能構造解析および創薬研究において今後ますますNMR分光の重要性が高まると期待されます。さらに、今後、材料・技術開発が進み、人体で代謝される物質を高感度化できるようになれば、これを人体に注射してMRIを行うことによって、がんなどの分析も可能になると期待されます。核スピンが高偏極化された物質は、基礎物理学の分野においても、加速された原子核や素粒子の散乱実験における標的物質や量子シミュレータとしての応用が可能です。今後は材料科学、生物化学、医学、基礎物理学の幅広い分野への応用を目指します。



関連する科研費

平成24-25年度若手研究(B)「高利得スピン増幅の研究」
平成26-28年度挑戦的萌芽研究「光励起三重項電子を用いた動的核偏極によるNMR分光高感度化の汎用性向上」