事業の成果

写真:小泉政利准教授

准教授:小泉 政利

「言語の語順と思考の順序:カクチケル・マヤ語からの考察」

東北大学 大学院文学研究科 准教授
小泉 政利

研究の背景

  日本語や英語など多くの言語の理解(聞く、読む)や産出(話す、書く)の際に、動詞(V)の位置にかかわらず、主語(S)が目的語(O)に先行するSO語順(SOV、 SVO、 VSO)のほうが、その逆のOS語順(OSV、 OVS、 VOS)よりも、処理負荷が低く母語話者に好まれる傾向があることが知られています(=SO語順選好)(図1)。しかし、従来の文処理研究はほとんど全て日本語のようにSO語順を基本語順にもつSO言語を対象にしているため、SO語順選好が個別言語の基本語順を反映したもの(=個別文法説)なのか、あるいは人間のより普遍的な認知特性を反映したもの(=普遍認知説)なのかが分かりません。この2つの要因の影響を峻別(しゅんべつ)するためには、OS語順を基本語順に持つOS言語で検証を行う必要があります。

図1 SO語順の文を読んでいるときよりも、OS語順の文を読んでいるときのほうが、左脳の前の方(左下前頭回)の活動が高まります。このことからも、OS語順の方が処理負荷が高いことが分かります。(Kim et al 2009 より改変) 図1 SO語順の文を読んでいるときよりも、OS語順の文を読んでいるときの
ほうが、左脳の前の方(左下前頭回)の活動が高まります。このことからも、
OS語順の方が処理負荷が高いことが分かります。(Kim et al 2009 より改変)

研究の成果

  そこで、私たちの研究チームは、OS言語であるカクチケル語(グアテマラで話されているマヤ諸語の1つ)を言語学、心理学、脳科学などの観点から多角的に研究し、個別文法説と普遍認知説を検証しました(図2)。その結果、以下のようなことが分かりました。
(1)カクチケル語では、文法的基本語順であるVOS語順が他の語順よりも文処理(理解・産出)の際の負荷が低く、文処理負荷に関しては個別文法説が支持される。
(2)それにもかかわらず、産出頻度はVOSよりもSVOのほうが高く、この点に関しては普遍認知説が支持される。
(3)OS言語であるカクチケル語の話者も、SO言語の話者と同様に、言葉にする前に出来事を認識する際の順序(=思考の順序)は、(言語で言えばSO語順に相当する)「行為者・対象」である。
  これは、文処理負荷を決める主な要因と産出頻度を決める主な要因とが異なることを世界で初めて立証したもので、SO言語のみの研究から導かれた既存の理論に対して抜本的修正を迫る画期的な研究成果です。

図2 グアテマラで実験参加者、共同研究者とともに。子どもからお年寄りまでたくさんの方々が研究に参加・協力してくれました。
図2 グアテマラで実験参加者、共同研究者とともに。
子どもからお年寄りまでたくさんの方々が研究に参加・協力してくれました。

今後の展望

  この研究を推進することによって、次のようなことが期待できます。
① OS言語の文・談話処理メカニズムを解明して、SO言語の特性に偏向した既存の理論を是正することができます。
② 言語の普遍性と個別性の追求を通じて、言語の起源・進化の研究に貢献できます。
③ OS言語の多くは話者が少なく絶滅が危惧される危機言語なので、OS言語の研究は、危機言語の記録・保存や文化の多様性の確保に繋がります。
  今後は、マヤ諸語以外の言語にも対象を広げるとともに、「言語の語順」と「思考の順序」との関係をより詳しく調べることによって、この研究をさらに発展させたいと考えています。



関連する科研費

平成22-26年度基盤研究(S)「OS型言語の文処理メカニズムに関するフィールド言語認知脳科学的研究」
平成26-28年度挑戦的萌芽研究「「思考の順序」と「言語の語順」との関係を解明する新たな研究手法の開発」