事業の成果

写真:吉田滋教授

教授 吉田 滋

「極限の宇宙を南極からニュートリノで探査する」

千葉大学 大学院理学研究科 
教授 吉田 滋

研究の背景

   宇宙には、光のスピードで降り注ぐ、物理学の言葉で言うならば「エネルギーの高い」物質の束が存在しています。その大半は物質の基本構成要素である陽子で、それは宇宙線と呼ばれています。この中には、目に見える光(可視光)に比べて1000兆倍以上もエネルギーの高いものがあります。いわば極限宇宙の産物とも言えるこの宇宙線はどのように 作り出されたのでしょう?
 宇宙には、何か物質を光の速さに加速する「エンジン」のようなものがあるに違いありません。このエンジンの正体は宇宙科学における最重要の疑問の一つと考えられてきましたが、いまだに解明されていません。解明の切り札となるのがニュートリノの検出です。高エネルギーニュートリノは、宇宙線陽子・中性子の反応を起源とする過程で生成されますが、陽子とは異なり電荷を持たないため、宇宙磁場中を直進するからです。
 しかし、この宇宙ニュートリノの検出は非常に困難でした。めったに物質と衝突することなく貫通力が高いニュートリノの性質は宇宙探査には極めて有用ですが、その性質ゆえに、検出器を作っても大半のニュートリノは痕跡を残さず素通りしてしまいます。存在したとしても、希少な高エネルギーニュートリノが稀に残す痕跡を捉えるには巨大な体積を持つ検出器が必要とされるのです。試行錯誤のあげく、南極大陸にある氷河を検出体に使おうという野心的な発想が生まれ、国際共同実験「IceCube」プロジェクトがスタートしました。

研究の成果

   IceCube 実験装置は、日米欧の国際チームにより南極点直下の米国アムンゼン・スコット基地に7年余りの歳月をかけて建設されました。そこには、ニュートリノがごく稀に氷河と衝突して放射する微弱な紫外光を捉える検出器5160台が、深氷河に埋設されています。国際チームは協調と競争の精神で運営されます。実験成功のために国を超えた協力を惜しみませんが、一方で日本グループの仕事がプロジェクトの重要な成果として世にでるためにプロジェクト内の厳しい競争に挑むことが必要でした。光検出器素子で日本の技術の採用に成功するとともに、IceCube で観測可能な最も高いエネルギー帯でのニュートリノ探索に必要な技術的準備を整えることで地歩を築いた私たち日本グループは、実験装置が完成し完全運転に入った2012年の観測データ中に、可視光の1000兆倍という極めて高いエネルギーをもつニュートリノの2事象を捉えることに成功しました。これは宇宙「エンジン」によって作られたニュートリノが実在することを示唆する世界初の観測結果です。2013年に2編の論文として正式に公表したこの成果では、全宇宙空間内に存在する高エネルギーニュートリノの数の推定まで可能となりました。
 ニュートリノによる極限宇宙の探査が始まったのです。2013年はニュートリノ研究にとって歴史的な年となりました。

図2 1.5秒間の視線の推移

図1 「IceCube 実験装置の概観」

図3 6.0秒間の視線の推移

図2 捉えられた超高エネルギー宇宙ニュートリノ衝突事象。それぞれセサミストリートのキャラクターから「バート」、「アーニー」と名づけられた。描画された一つ一つの球は検出器の位置を示し、その径の大きさは記録された紫外光の量に対応している。ニュートリノ衝突点から400m以上離れた検出器にも到達するほど大輝度であり、ニュートリノのエネルギーの巨大さを反映している。

今後の展望

  現在捉えられているニュートリノ事象は、ニュートリノの到来方向の情報を残しにくい形態で氷河と衝突しているため角度分解能が悪く、宇宙エンジンの天体を同定するまでには至っていません。到来方向の情報がより正確に推定できる別の衝突形態で生じた事象を選択的に探索して数多く捉えることで、天体の同定につなげます。
 さらに、高エネルギー領域(可視光の1000兆倍のそのまた1000倍)では、ビッグバンの名残りの光(宇宙マイクロ波背景放射)と宇宙線が衝突して生じるニュートリノの出現が確実視されています。この信号を捉えることも視野に入れ、IceCubeでの観測データを解析していきます。またIceCube実験装置をさらに広げてより多くの事象を捉える拡張実験のための建設も開始されました。
 日本グループは、この将来実験でも主導的な立場で牽引していきたいと考えています。

関連する科研費

  平成19-21年度 基盤研究(B)「IceCubeニュートリノ望遠鏡による極高エネルギー宇宙線放射機構の解明」
  平成22-24年度 基盤研究(B)「IceCubeニュートリノ望遠鏡による極限宇宙物理の新たな展開」
  平成25-29年度 基盤研究(S)「南極点複合ニュートリノ望遠鏡で探る深宇宙-高エネルギーニュートリノ天文学の始動」