事業の成果

写真:教授:松浦 和則

教授:松浦 和則

ウイルスの化学合成を目指して:ペプチドの自己集合によるアプローチ

鳥取大学 大学院工学研究科 
教授 松浦 和則

研究の背景

  ウイルスとは、細胞に感染することで増殖する性質をもつ20~100nm(ナノメートル 1nm=10-9m)の生体超分子です。その基本的な構造は、「遺伝情報を担う核酸(DNAやRNA)」と「核酸を取り囲むタンパク質の殻(キャプシド)」からなっています。ウイルスと言えば、人類の宿敵というイメージが強いですが、「ナノ材料」という観点から見ると、特定サイズの空間を備えた魅力的な生体材料といえます。そのため、キャプシドを用いて培養細胞や体内の疾患部位に目的の遺伝子を届けたり、体内の免疫を高めるワクチンとして応用したりする研究が、近年国内外で盛んに行われています。しかし、これまで、キャプシドは分子生物学的な手法でしか生産できず、「化学合成」する方法はありませんでした。

研究の成果

  私たちは、植物ウイルスの一種であるトマトブッシースタントウイルス(TBSV)の正12面体内部骨格に着目し、その形成にかかわると思われる24残基のβ-Annulusペプチドを化学合成しました。このペプチドを水に溶かすと、ウイルスと同程度の大きさ(30-50 nm)で内部に空洞のあるナノカプセルが自発的に形成されることが、電子顕微鏡観察・動的光散乱・小角X線散乱測定からわかりました(図1)。一般に、タンパク質の一部分である短いペプチドを合成しても、元のタンパク質の立体構造をとるとは限りません。TBSVのキャプシドを形成しているタンパク質は388残基のアミノ酸からなりますが、そのわずか24残基のペプチドが、殻構造のみを形成したことは大変興味深い発見です。

図1 ペプチドの自己集合によるウイルスの殻構造の形成

図1 ペプチドの自己集合によるウイルスの殻構造の形成

  天然のウイルスには、核酸が内包されています。核酸は陰イオン性なので、ウイルス内部には陽イオンのアミノ酸が存在しています。私たちの作ったβ-Annulusペプチドからなるナノカプセルの内部や表面の電荷を知るために、ゼータ電位(表面電位)測定を行いました。その結果、中性pHにおいて、ナノカプセルの外側は両性イオン性であり、内側は陽イオン性であることがわかりました。実際、M13 phage DNA (7249塩基対)をナノカプセルに内包する検討をしたところ、電子顕微鏡観察によりDNAとペプチドの二層構造を有する約90nmの球状構造が観察されました。これは、ナノカプセル内部にDNAが凝縮され内包されたことを意味しています(図2)

図2 ナノカプセルへのDNAの内包

図2 ナノカプセルへのDNAの内包

今後の展望

  化学合成でウイルスの殻構造を作ることのメリットは、多様な分子設計が可能になる点です。つまり、ウイルスの殻構造を簡単なペプチドで構築できることから、様々な機能を持ったウイルスキャプシドを人工的に創成することが可能です。今後このペプチドからなるナノカプセルに適切な化学修飾を施すことで、安全で効率的にiPS細胞を作ったり、疾患部位に治療遺伝子を届けたりするための材料や、効率的に免疫を誘導するワクチン基材としての応用が期待できます。

関連する科研費

  • 平成22-24年度 基盤研究(B)「ウイルスキャプシドの骨格構造を構造基盤とした機能性人工ペプチドナノカプセルの創成」
  • 平成23-24年度 新学術領域研究(研究領域提案型)「着せ替えウイルス融合マテリアルの創製」
  • 平成23-25年度 挑戦的萌芽研究「完全化学合成による最小ウイルス複製システムの創成」

(記事製作協力:日本科学未来館 科学コミュニケーター 佐尾 賢太郎)