教授: 田中 ゆかり |
「ヴァーチャル方言」からみえてくる「方言」の価値と位置付け
日本大学 文理学部国文学科 教授 田中 ゆかり |

坂本龍馬といえば土佐弁、土佐弁といえば坂本龍馬。そんなイメージをもつ人も多いのではないでしょうか。現代のわたしたちは龍馬がどのようなことばを用いていたのか直接見聞きしたわけではありません。にも関わらず、このようなイメージを強くもつのはなぜでしょうか。
従来、方言研究は、現実に生活の中で用いられている本物の方言、すなわち「リアル方言」が研究対象でした。が、わたしは創作物の中で用いられる「方言」や、日本語社会で生活する人々の頭の中にあるイメージとしての「方言」、すなわち「ヴァーチャル方言」を通して、日本語社会における「方言」の価値・位置付けなどについて考えてみたいと思ったわけです。

龍馬が現代のわたしたちがイメージする「幕末方言ヒーロー」として立ち上がってきたのは、高度経済成長期以降のことです。各種の創作物の中で繰り返し表現されることによって、現代の日本語社会で暮らすわたしたちの頭の中にそのイメージが強く刷りこまれた結果、「坂本龍馬といえば土佐弁」が広く共有されるようになったのです。
日本語社会におけるインパクトという観点からみると、NHKの大河ドラマの影響は大きなものがあります。大河ドラマの幕末物に登場する龍馬のセリフの変遷を見てみましょう(図1)。1967年に放送された「三姉妹」では、龍馬は共通語キャラとして造形されていますが、翌年放送された「竜馬がゆく」では方言キャラとして登場してきます。1968年は、明治百年にあたる年。国民総生産が世界第2位となるなど日本が経済大国として名乗りを上げると同時に、大学紛争などさまざまな社会変動が顕著となった年でした。大河ドラマのヒーローのことばが、近代国家・東京一極集中の象徴としての「標準語・共通語」から、多様性・個性・地方の時代を象徴する「方言」に置き換わったのは、偶然ではありません。日本語社会における「標準語・共通語」や「方言」に対する感覚が変わったことと連動しているのです。
このようなことをはじめとしたヴァーチャル方言に関する成果をまとめたものが拙著『「方言コスプレ」の時代―ニセ関西弁から龍馬語まで―』(2011年、岩波書店)です(図2)。
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| (図1)NHK大河ドラマにおける坂本龍馬のセリフの移り変わり ※クリックして拡大図が見られます。 |
(図2)『「方言コスプレ」の時代―ニセ関西弁から龍馬語まで―』(岩波書店) |

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| (図3)『首都圏における言語動態の研究』(笠間書院) |
ヴァーチャル方言の研究は端緒が開かれたばかりです。さまざまな角度からのアプローチが期待されます。ヴァーチャル方言を手掛かりとした「方言」の価値と位置付けを見ていくには、テレビドラマや漫画・アニメなどの身近な文化からアプローチしていくことが重要です。これらのいわゆるサブ・カルチャーは、網羅的な調査を行なうためのアーカイブが整備の途上にあります。これらアーカイブの整備がまず期待されます。一方、ヴァーチャル方言は、実際に使用されているリアル方言と往還的な関係にあります。首都圏を中心としたリアル方言の動向にも関心をもつ自身にとっても(図3)、この往還関係についても明らかにしていくことが今後の研究課題と考えています。

(記事制作協力:科学コミュニケーター 福成海央)