教授: 池田 栄史 |
長崎県松浦市鷹島海底遺跡における「元寇沈船」の発見 |

九州北部の伊万里湾は1281年に起こった二度目の蒙古襲来(元寇)の際、4,400艘からなる元軍の艦船が嵐に見舞われ、その多くが遭難した海域と伝えられています。これを示すものとして、湾口に位置する鷹島南海岸では、港湾施設の改修工事などに先立つ発掘調査によって、元寇関連遺物が多く発見されてきました。しかしながら、未だに元寇船が目に見える形で発見されたことはありません。そこで、私たちは最新の水中音波探査装置を用いて、伊万里湾の詳細海底地形図および地層断面図を作成し、その情報を踏まえた考古学的手法による調査を実施することによって、元寇の実態解明を目指すこととしました。

今回の調査では、音波探査で確認した海底堆積層中の反応の中から鷹島南海岸の水深20-25mの地点を選び、約10m×15mの調査区を設定して、水中発掘調査を実施しました。その結果、海底面から約1m掘り下げた位置で、船底の背骨部分をなす木材(龍骨・キール)とこれに沿った両舷側の板材(外板)、および大量の磚(レンガ)や陶磁器を発見しました。龍骨は幅約50cmの太い角材を用い、両側を漆喰で挟んだ状態で残っており、東西方向約12mの長さまで確認しています。外板に用いた木材は幅15-25cm、厚さ約10cm、長さは1m程度から6m近くに及ぶものまでがあり、龍骨の両側に2-5mの範囲で整然と並んでいます。現在の確認状況からすると、船体は発掘調査範囲外にも広がると考えられ、全長20m以上の大型船であったと考えられます。これほど良好に船体構造が復元できる元寇船の発見は史上初のことです。
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図1 元寇船材(左端:龍骨材、中央から右:外板材)の状況 (龍骨材と外板材の間に磚(レンガ)が見られる) |
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図2 元寇船材の状況(図1の龍骨南側の外板) |
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図3 元寇遺物の検出状況(磚の集中部分と陶器) |

元寇の内容や元寇船の構造については、「蒙古襲来絵詞」の存在によって人々の脳裏に画像イメージが出来上がっています。今回の発見はこれを払拭し、元寇船の実態を目に見える形で提示することになります。このため、引き続き未調査部分への調査を実施し、本元寇船の具体的姿の把握に努める予定です。また、今後は音波探査と水中考古学を融合させた今回の調査研究手法を用いて、さらなる元寇船の発見を目指した調査研究に着手したいと考えています。

平成18-22年度 基盤研究(S)「長崎県北松浦郡鷹島周辺海底に眠る元寇関連遺跡・遺物の把握と解明」
平成23-27年度 基盤研究(S)「水中考古学手法による元寇沈船の調査と研究」
(記事制作協力:日本科学未来館科学コミュニケーター 五十嵐海央)