事業の成果

写真:井上貴美子専任研究員

専任研究員: 井上 貴美子

体細胞クローン動物が産まれにくい原因はX染色体の異常にあった



独立行政法人理化学研究所 遺伝工学基盤技術室


専任研究員 井上 貴美子

研究の背景

体細胞クローン技術とは、体内の体細胞を未受精卵子に移植することによって元の動物と全く同じ遺伝子を持った新たな生命を作り出す技術のことです。哺乳動物で初めて発表されたのは1997年のことであり、比較的新しい生殖工学技術といえます。SF映画などではよく題材として扱われますが、実際には、100個の胚を母体に移植したとしても、産まれてくるのはわずか1,2匹であり、その低い成功率の理由が、長い間不明のままでした。

研究の成果

私たちは、マウスの体細胞クローン着床前胚を用いて、マイクロアレイによる詳細な遺伝子発現解析を行いました。その結果、体細胞クローン胚は性染色体であるX染色体の遺伝子機能が大幅に低下していることが明らかとなりました(図1、赤ライン)。その原因として、私たちはXistという遺伝子に注目しました。通常、哺乳類の細胞では、雌に2本、雄に1本のX染色体が存在します。このままでは、雌のX染色体は雄の2倍機能してしまいますが、雌の片側のX染色体からXist遺伝子が発現し、生成されたRNAがX染色体自身の機能を抑えることにより雌雄のバランスを取っているのです。しかし、体細胞クローン胚では雌雄共にXist遺伝子が全てのX染色体から発現しており、このことが原因でX染色体全体の機能が低下してしまっていることが示されました。そこで、次にXist遺伝子の発現を正常に戻すために遺伝子を一部欠損させたマウス体細胞を用いて核移植を行ったところ、X染色体の遺伝子機能が正常化したのです(図1、緑ライン)。またそればかりではなく、非常に低かった体細胞クローンの成功率が10倍まで改善しました(図2)(Science 2010)。

図1 体細胞クローン胚におけるX染色体遺伝子機能

図1 体細胞クローン胚におけるX染色体遺伝子機能 体細胞クローン胚(赤ライン)の遺伝子機能は受精卵(グラフ中の0値)と比較すると大きく低下しています。一方で、Xist遺伝子を欠損させた体細胞から作製されたクローン胚(緑ライン)ではほとんどの領域で遺伝子機能が回復しています。

図1 『風土記受容史研究』(笠間書院 2008)

図2 Xist遺伝子を欠損させた体細胞から作製されたクローンマウス X染色体の機能が回復するため、多くのクローンマウスが産まれるようになります。

今後の展望

この研究成果により、体細胞クローン技術実用化への道が大きく開かれました。例えば、移植用臓器の作製による再生医療、貴重な実験動物や優良家畜など遺伝子資源の保存、ペットのクローン化による新規産業の創出、絶滅危惧動物のクローン化による環境保護など、様々な分野に貢献できると期待されています。

関連する科研費

  • 平成17-18年度 若手研究(B) 「表現型・遺伝子発現パターンに基づくマウス体細胞クローン着床期異常の原因究明」

  • 平成19-24年度 特定領域研究(生殖系列の世代サイクルとエピゲノムネットワーク)「核移植技術を用いた生殖系列の全能性獲得機構の解明」(研究協力者)
    研究代表者:小倉淳郎(理化学研究所)

  • 平成21-22年度 若手研究(B) 「生殖細胞ゲノム初期化機構の解明による人為的エピゲノム制御方法の確立」