教授:中垣 俊之 |
単細胞生物粘菌の「賢さ」を探る |

「単細胞」という日本語には、「知的レベルの低いこと」という一般的な意味があります。しかし、単細胞生物が数億年にもわたって進化の洗練を経たことを思い起こしてみますと、あながち馬鹿にしたものではないかもしれません。生物システムに共通する原理があるならば、それは粘菌にもあって然るべきですし、かえって単純な体制ゆえに探り易いかもしれません。粘菌の賢さはどれほどか、またその情報処理のしくみとは、はたしていかなるものなのか?

図1 粘菌の作る関東圏の輸送ネットワーク。
黄色い部分が粘菌。
北海道大学 高木清二博士提供。
私たちは、粘菌が周期的な環境変動を予測する能力を持つことを発見しました。粘菌は、低温低湿度の環境に曝されますと進行を停止し(立ち止まり)ます。この刺激を、例えば1時間ごとに3回繰り返しますと、刺激のつど立ち止まりました。その後、刺激を与えなくてもちょうど4回目や5回目の刺激のタイミングにあわせて自発的に減速しました。しばらくすると、粘菌は元通りに進行しはじめましたが、再び一回だけ刺激を与えますと、1時間後にまた自発的な減速をしました。この振る舞いは、以前の繰り返し刺激の周期性を思い出したかのようです。 粘菌は原始的な時間記憶能を持つのです。
また、粘菌が、人間社会顔負けの機能的な輸送ネットワークを設計できることも発見しました。関東圏の主な都市の空間配置にあわせて、餌場所を配置しますと粘菌は餌場所をつなぐネットワークをつくりました(図1)。このネットワークは、経済性、効率性、耐故障性という3つの機能性をどれもうまく満たしていました。現実の鉄道網に匹敵する(あるいは若干優れた)機能性を示したのです。
時間記憶能も最適ネットワーク設計も、粘菌システムは、「自律分散的」に実現しています。自律分散的とは、中枢器官すなわち全体を把握して各部に指令を出すような器官を設置するやり方ではなく、各部がお互いに影響をあたえながら自律的に振る舞いながら全体として一つの機能を実現するというやり方です。これは、生物式情報処理の著しい特徴であり、そのしくみの一端を粘菌から抽出することができました。

生物らしい情報処理のしくみを解明することは、人間と機械のよりよいインターフェースを設計することにつながるかもしれません。 なぜなら、人が機械に合わせるのではなくその逆が期待できるからです。また、賢さって何? 物質からどのように生じるの? という素朴な問いを改めて刺激し知性の起源への理解を押し進めていきます。ひいては自然観や人間観を深めたいと考えています。詳細は、「粘菌−その驚くべき知性−」中垣俊之(PHPサイエンスワールド新書)をご覧下さい。

(記事制作協力:日本科学未来館 科学コミュニケーター 水野 壮)