教授:白石 典之 |
モンゴル帝国興亡史に学ぶ地球環境問題 |

図1:アウラガ遺跡の位置
モンゴル帝国(西暦1206~1388年)の出現は世界史上の大事件といえます。チンギス・カン(1162?~1227年)が建てたその巨大国家には、残虐・殺戮などマイナスイメージがある反面、信教の自由を認め、民族融和に努めるなどプラス面もあります。ユーラシアの一体化は、のちの大航海時代の序章、またはグローバル化の先駆として評価されています。民族や宗教対立が頻発する現在、この国の研究は、人類の平和と発展に寄与するはずです。しかしながら、強大化の理由は、文字資料が少ないことから、いまだ不明です。そこで私たちは物質資料に基づく考古学からこの問題を考えています。その際、舞台となったモンゴル高原が寒冷・乾燥地域であることから、自然環境とその克服という点を重視しています。

図2:チンギス・カン本拠地(アウラガ遺跡)復元CG
私たちはチンギスの本拠地、モンゴル国アウラガ遺跡で発掘を行いました。そこで得られた花粉や珪藻化石など古環境データから、当時は降水量が減り、乾燥化したことがわかりました。また、小麦やキビなど雑穀粒と、畑や水路の跡が出土したことから、周辺での農耕も明らかになりました。水路の特徴から中国西北の砂漠地帯の優れた灌漑技術との関連がうかがえます。遊牧を生業としたモンゴル族の本拠で、農耕が存在したことも新発見ですが、乾燥に適した先進技術を導入し、食糧生産をしていたことは、興隆の背景を考える上で重要な新知見です。

図3:古環境復元用サンプルの採取
そのほか多くの鉄工房が操業していたこともわかりました。武器や農具を大量生産し、富国強兵に役立ちましたが、燃料の伐採で周囲の森林は消滅しました。やがてアウラガからは人影が消え、まもなくモンゴル帝国も滅びました。環境破壊と巨大国家の滅亡、それは地球環境問題に直面する人類の将来を暗示しているかのようです。私たちは自然との関係から、さらにモンゴル帝国興亡史を明らかにし、よりよい未来創造に貢献したいと考えています。
