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人文・社会科学振興プロジェクト研究事業
  • テーマ名
  • 「学校って何だろう」

  • 開催日
  • 平成19年11月22日(木)

  • 開催会場
  • 千葉県市川市立稲荷木小学校・ランチルーム

  • 住所
  • 千葉県市川市稲荷木1-14-1

  • 実施の様子
  • 1.私たち「日本の教育システム」研究グループでは、小学校での「出前授業」(対象は5年生 2クラスを同時に)を計画・実施した。日頃は、研究対象として関わることがほとんどの「学校」や「子ども」であるが、この「出前授業」では、対象としてではなく、まさに「教える−学ぶ」関係としての現実的な関わりを持つこととなった。また、大学での講義内容を知識体系のコアをそのままに、いかにわかりやすく伝えていくのか、その難しさとおもしろさ(子どもは大人の想定範囲とレベルを超えた反応を示す!)を実感した活動ともなった。

    2.「子どもたちが毎日通う学校、それ自体を対象に、学校で学ぶと言うことの意味を考えてみる」ということが授業の目的である。そのために、「学校という仕組みができあがった歴史的な背景について考え、学校がなかったら、大人になるまでに、どんな風に子どもたちは過ごしたのか、職業に就くための準備がどんな風に行われたのか」について子どもたちに想像してもらい、適宜、解説を行うという授業計画である。

    3.授業当日は、授業時間(13:45−14:30)の2時間前に学校へ赴き、授業を行う5年生2クラスに挨拶を行い、その後、その日の学校給食をいただきつつ、5年生の子どもたちの状況を中心に学校の全般的な現状について校長先生から話をうかがう機会を設けた。
    なお、授業には、10数名の保護者、他の学年の教員たちも時間の許す限り同席していた。

    4.さて、「出前授業」は、3つの発問とそれへの子どもたちからの回答をふまえつつすすめられた。3つの発問は次の通りである。@「大人になったら何になりたいか」、A「そのなりたいものになるためにはどうすればいいか」、B「どんな仕事にどんなヒトがつくかをどうやって決めたらいいでしょう」である。発問−各自で用紙に回答記入−クラス全体に発表(挙手して指名された子ども)−授業者によるまとめを繰り返すという授業スタイルを採用した。

    5.子どもたちの回答は非常に興味深いもので、将来の夢として多かったのは「サッカー選手」「保育士」「先生」であった。他方、例えば、「会社員」「OL」「主婦」という回答は、60名近い子どもたちだったが、皆無であった。次の「そのなりたいものになるためにはどうすればいいか」という発問に対しては、多くの子どもたちが「勉強する」「努力する」と回答していた。学校があり、そこでの努力や勉強が将来の夢を実現させる方法であるという現代を生きる私たちにとってあまりに自明な知識(社会通念という意味で)が当然のように子どもたちにも共有されていることが明らかである。

    6.ここで一転して、現代から江戸時代へと子どもたちの関心を向けさせ、身分制社会における職業選択の不自由さ、すなわち、出自による制限について説明を行った。歴史学習は小学校6年の課程であるため、時代劇の登場人物をヒントに子どもたちに「士農工商」の身分を理解してもらった。興味深かったのは、子どもたちから出される時代劇の登場人物は、多くが「侍」であり、農民はなかなか出てこなかったことである。その上で、「では、どうやったら侍になれたでしょう」「どうやったら農民になれたでしょう」という発問を補足的に投げかけている。これらの補足的な発問は、授業前半に行った、職業選択の自由な現代に生きる自分たちとの比較作業をすすめる手がかりとして位置づいている。子どもたちからは、「実際にやってみる」「家で(仕事しながら)覚える」といった回答がよせられた。「こういう(不自由な)社会に生まれ落ちたいか?」というここまでのまとめの問いかけに対して、多くの子どもたちが「最初から決められているのはいやだ」という反応であった。

    7.こうした比較作業後、再び、身分制社会以後の社会に設定を戻し、上記3つめの発問「どんな仕事にどんなヒトがつくかをどうやって決めたらいいでしょう」とそれへの回答をもとに全体のまとめを行った。社会が手に入れた「(職業選択の)自由をみんなが平等に使えることを保障する」ために「学校」が生まれたという説明にほとんどの子どもたちが静かに聞き入っていた。

    8.授業の終わりには、授業への質問を受け付ける時間を設定した。そこでは、「(苅谷)先生は、何になりたかったの?」「どうやったら東大の教授になれるの?」「何時間くらい勉強したの?」といった質問が寄せられた。「学校がある社会」の自明性に疑いの目を向けてみることのおもしろさにどれぐらいの子どもたちが気づいてくれたか心許ない子どもたちからの質問内容ではあったが、その場では理解できずとも将来的に、日常生活のあらゆる現象に「昔はどうだったのか」「これがなかったらどうなるだろう」といった素朴な関心を向けるきっかけを提供できていれば、この「出前授業」の目的は達せられたと言えるだろう。