難病を抱えながら生きる
〜不動の身体からの経験知=`
難病を抱えながら生きる |
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平成20年11月22日(土) |
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和歌山ビッグ愛 |
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〒640−8319 和歌山県和歌山市手平2丁目1−2 |
世界経済に逆風が吹くまっただ中、本州ではかなり南に位置する和歌山で、少しでも暖かい空気を感じられればよいな、などと思いつつ開催されたのが、本サイエンスカフェである。 運動神経が冒され、筋肉が動かなくなっていく病気と戦っているALS患者のみなさんと、難病を抱えて生きることの意味や経験・社会作りについて話しあいを行った。 話題を医療や看護に狭くかぎるのではなく、生の意味や生活支援の意義などについて広く人文・社会科学の観点から話をすることを目的としたせいか、当日は、会場に溢れんばかりの人が集まった。 看護学校の先生や学生さん、下半身に障がいを抱える子ども、身内に難病患者がいる方、そして生きづらさに悩む一般市民、とさまざまな立場の参加者で場が盛り上がった。 当日は、学祭期間中であった湘南工科大学との遠隔通信も試みられ、東京と和歌山という距離を超えてより大きな交流も実現した。 患者さんやご家族のこれまでの心持ちの過程や、現在考えていることや夢などが、朗読者やコミュニケーションエイドを介して会場や遠隔地の参加者に語られると、すかさず、「どんな心持ちで生きればよいのか」などの質問や「生きる力が湧いてくる」といった感想が活発に飛び交うなど、充実した交流の場が形成されていた。 私たちは、自分の身体の状態を一般的に、病気なのか健康である のかといった観点に二分して捉えてしまいがちである。しかし、難病を抱えながら生きる人たちと接して理解されることは、身体とは決して白か黒かといったような状態区分で捉えられるのではなく、病(やまい)を内包した身体が時にその発現を許し、またある時期には病が後ろ側に隠れるなかで、常に揺れ動きを伴った「一つの身体」として存在しているということである。人生においては、病というものを嫌悪して離していこうとするのではなく、病とともに上手に歩むことが自然であるといったことを、参加者たちは、患者たちの生き方を目にすることで学ぶことができた。主催者たちも大きな示唆を得ることができた。 患者、研究者、市民が水平的関係を作ることで、ボトムアップにいろいろなことを考えていける場となったサイエンスカフェであった。 |

