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人文・社会科学振興プロジェクト研究事業
  • テーマ名
  • アジア・ネットワークのなかの移動と生存基盤

  • 開催日
  • 平成 20年 10月 18日 ( 土 )

  • 開催会場
  • 神戸大学 学生ホール

  • 住所
  • 神戸市灘区

  • 実施の様子
  • 日本学術振興会の人文社会科学振興の共同研究のなかで、「帝国とネットワーク」が組織された。この共同研究のなかで、帝国は、東アジアの歴史的径路であったととらえ、またネットワークは、信用、そしてリスク・シェアリングをたかめる制度ととらえなおした。こうした知見は、文献からえられる情報とともに、華僑華人からの聞き取る調査から分析された。その概要を、ヨーロッパの近代と対比しながら、「華僑」論として報告した。

    ヨーロッパでは、権力が私的所有権にたいする恣意的な統制や、財産の没収という「横暴」にでることを抑制した。公権力を相対化し、安全を確保しうる市場インフラが形成されてこそ、ヨーロッパの工業化が可能であった。M.ウェーバーによれば、「産業資本主義は、法秩序の恒常性・確実性・没主観性・法発見(司法)や行政の合理的な・原理的に計算可能」性が高くなる必要がある。他方で、中国では、市場を完全に近づけようとする、議会や、裁判所、取引所、そしてイデオロギーなどのインフラが、権力と商人との間でつくられなかった。代議制などによって公権力を相対化して、投資の安全を確保する「計算可能性」が高まらなかったゆえ、中国の工業化は遅れたと指摘されてきた。

    しかし、近年の中国の明清史研究の文脈は、公権力の「横暴」を強調していない。むしろ清朝は、人の移動に制度的な規制を加えない開放性と流動性を備えていた。帝国にとっては沿岸交易によって台頭した経済主体が、王権への反抗勢力になることを未然にふせぐことに関心があり、そうでないかぎり移動や交易に介入する意思はなかった。そうした開放性を背景に、商人は権力の後援をうけなくても、地縁・血縁・業縁を通して取引コストを引き下げる工夫をこころみた。主権国家や私的所有権のような制度がなくとも、農業の商業化とプロト工業化による市場展開がみられた。商人のギルドやネットワークのような中間組織、そして村落共同体、家族などの制度が、取引コストを切り下げて、市場の拡張に貢献したのである。

    清朝の中国では、地租の金納化、商品作物の増加によって人口が増加した。資源に対して人口がふえると、中国では二つの対応があった。第一は、余剰労働を吸収する労働集約型経営であり、第二の対応は、移動を通して、家族労働を地域外で吸収することであった。土地などの資源の足りない郷里で競争を繰り返せば、人々は共倒れとなるから、人々は移動という戦略で競争社会に対応した。郷里の競争を念頭にして、華僑が外地に赴くときに、生存の戦略としては、勤勉、節約、順応が徳目となり、移住先での社会的上昇の成功率を高くする可能性がある。生存の戦略として、移動が選ばれれば、家族の構成員と協働するよりも、個人の才能を活かすことが優先された。それゆえ、教育への投資も重視された。近隣や宗族が奨学金や旅費を与えることもよくみられたように、移動には教育水準の向上による人材育成が求められた。そして、教育投資が、各人の才能を引き出すのであれば、決して単純な労働に就くのではなく、科挙の試験に合格することや、才能を生かした出稼ぎがすすむ。たとえば、科挙の試験に合格して、官界や学者になって上昇すれば、郷里の栄誉になる。そして才能を生かして、商人や海員として海外に赴き、成功して、送金すれば、郷里に錦を飾ることになろう。商人や海員のネットワークは、商品、熟練、使用人の補充を郷里から調達したから、さらに地縁・血縁・業縁のネットワークを伸張させた。日本のように「イエ」の維持は優先されず、むしろ、血縁、地縁、同郷、同方言の集団から良質な労働力を引き出すことが重要であった。

    華僑が、「族譜」をつくるようになるのも、その外地で移住者が増加し、家族が増えて、先祖の廟の香炉や位牌をもって祭りを定期的に開催したことを含意した。そこでは確かな血縁のつながりでなくても、信用できる人材を兄弟と擬制して、その系譜に含みこむことも可能である。日本のイエでは、貯蓄を利殖にむけて、息子たちに労働を課して富を増やそうとするが、中国では貯蓄を利用して、兄を農民に仕立てたあとには、残った子供たちを、それぞれの能力に応じて仕事を習得させる。この対照は、人は「生産力の理論」に従うのか、それとも「価値の理論」に従うのかを問うている。