パン屑リストを開始します ホーム >> 事業案内 >> 人文・社会科学振興プロジェクト研究事業 >> プロジェクト研究事業 >> 研究領域の概要及びプロジェクト研究概要 パン屑リストを終わります
main content
本編を開始します
人文・社会科学振興プロジェクト研究事業

研究領域の概要及びプロジェクト研究概要

 

研究領域5


現代社会における言語・芸術・芸能表現の意義と可能性について研究する領域

Research on the meaning and potential of literature, fine arts, and performing arts in contemporary society

研究領域の目的:

 20世紀末以降、国際的規模で文学・美術・音楽などの分野における表現と創造の活動に大きな変化がおこり、これにともなって、これら言語・芸術の諸分野に関する人文科学的研究のより高度な統合の必要が痛感されてきている。これまでともすれば個別の作品分析に集中しがちであった当該諸分野の研究に、プロジェクト的手法による、領域横断的なコラボレーション(協働)の組織化が要請される所以でもある。現代世界にあって、言語・芸術の美的価値は、人間生活の質を構成する極めて重要なファクターとして理解されるようになった。

 こうした趨勢の中で、言語・芸術に関わるイマジネーションの変容や、社会・メディア状況との関連など、個別の研究者が論じてきた諸主題をもとに、さらに総合的研究を提起することで、人文科学全般を活性化することが可能であろう。

 本研究領域では、第一に現代の文化理論を踏まえ、現代社会における言語・芸術・芸能表現の意義を分析するとともに、その未来の可能性を検討することを目的とし、また第二に、芸術と行政の関係の在り方について見直し・検討を行い、新たな時代にふさわしい両者の関係を構築し、社会に向かって提言・発信することを目的とする。

Project Number 5-1 Project Number 5-2 Project Number 5-3  
 
 
  

研究領域 5
Project Number 5-1

プロジェクト研究名:
(英訳名)

伝統と越境―とどまる力と越え行く流れのインタラクション―

( Tradition and the Crossing of Borders: The Interaction between Staying Put and Crossing Over )

プロジェクト・リーダー名:
(所属機関・部局・職)

沼野 充義
東京大学・大学院人文社会系研究科・教授

プロジェクト研究の趣旨・概要:

 20世紀以降、芸術・文化の様々な局面で大きな変動が起こり、ジャンル間の境界、さらには伝統的な芸術と非芸術の境界さえも曖昧になっている。また交通手段・伝達の発達に伴って芸術・文化においてもグローバル化と多文化的傾向が顕著になっている。

 しかし、その一方で、伝統的な文化そのものが活力を失ったわけでは決してなく、多文化的傾向に抗するような形で、伝統的・民族的なものが新たな力を獲得している事例も決して稀ではない。

 つまり、現代社会においては、伝統的な文化の境界を守り、変動する世界の中であくまでもそこにアイデンティティの基礎を求め求めようする力と、そういった境界を超え、伝統的なものを他者にさらすことによって変容させることによって自己更新を求める流れという、一見相反する二つの力が複雑な相互作用を及ぼしあいながら、芸術・文化の発展のプロセスを展開していると考えられる。

 このような状況を総合的に把握したうえで、言語・芸術・芸能表現の未来の可能性を探る作業には、従来の個別のディシプリンごとに孤立した研究体制では対応できない。様々なジャンルや研究領域の相互乗り入れを前提とし、さらに伝統を守る力と、伝統を革新・越境していく力の両方をつき合わせることが可能なプロジェクト方式によって初めて全体像に近づくことができるだろう。

 この趣旨を踏まえて、本プロジェクトは以下の3つの研究グループを立ち上げる。

  1. 【自己表象の生成と変容】文化の境界の内部を構成する言わば「核」となるのは、その文化圏特有の芸術的手法によって表象された「自己」である。
  2. 【越境と多文化】 現代における越境と多文化に焦点を当てる。
  3. 【伝統から創造へ】 現代世界における伝統的な芸能表現のあり方に焦点を当てる。

 このようなグループ編成によるプロジェクト研究は、(1)文学・美術・音楽・演劇などの様々なジャンルを扱いながら相互に緊密な連携を保つことができ、(2)伝統と越境という相反する志向性を、総合的にその相互作用のうちにとらえることができるという点で、学術的意義が高いものと思われる。3つのグループは、「自己表象」を核としながら、それを守ろうとする「伝統」、その枠を越えていこうとする「越境」、という緊張を孕んだ有機的な関係にある。

 本プロジェクトが直接扱うのは言語・芸術・芸能表現であるが、現代社会における個のアイデンティティ、伝統的なものの意義と革新、越境と多文化といったテーマは、そのまま現代社会が直面している最もアクチュアルな問題でもある。従って、本プロジェクトの展開は、必然的に芸術的表現の社会的機能の解明に結びつき、広い意味での「芸術と社会」という問題設定に新たな光を当てることになるものと期待される。

 

  

研究グループ名:
(英訳名)

自己表象の生成と変容

グループ長名:
(所属機関・部局・職)

柏木 博
 武蔵野美術大学・造形学部・教授

研究の趣旨:

 今日、時代のグローバルな流動状況のなかで、「アイデンティティの危機」「自己喪失」と呼ばれる、<自己>表象(広く<主体>についての表象)の構築をめぐる問題がある。これは、アイデンティティの根を奪われた難民から、先進社会の都市化・情報化・高齢化を生きる人々にまで、ひとしく共有されている問題である。絶えざる自己変容を迫られる現代世界において、自己表象の構築・再構築の問題は、国家や学校教育および各自の倫理的言説(「人生論」)に任せるだけではすまされない、方法的な反省・検討を要する広汎かつ緊要な課題となっている。
 そこで、自己表象の構築が意識的・方法的におこなわれたヴィジュアル作品(肖像画)・言語作品(伝記)等のなかに、自己表象のメカニズムの成立と変容をたどり、美術と文学が社会に提供してきた自己表象モデルとその問題性、およびこれと現代社会とのかかわり(連続・非連続)を解明し、さらに、自己表象問題についての専門諸分野のコラボレーションの可能性について検討する。
 本研究は、人文知が、従来の倫理的自己論の境域を越え、新たな「自己表象論」「自己のテクノロジー」の領域を協働的に開拓するための研究開発としての学術的意義をもつ。

 

  

研究グループ名:
(英訳名)

越境と多文化

グループ長名:
(所属機関・部局・職)

楯岡 求美
 神戸大学・国際文化学部・准教授

研究の趣旨:

 文化の境界を超え、異文化と接触することにより、どのような新しい芸術的創造が可能になるのか、そのメカニズムを20世紀の経験に基づいて分析し、現代世界における越境的な芸術・文化のあり方を解明すると同時に将来の展望を探る。本グループでは、1)「演劇と文化接触」、2)「亡命と多文化社会」の二つのグループに分かれ、以下のように研究を行う。

  1. 現代演劇の基礎が形作られたモダニズム期の19世紀末から第二次大戦までの期間の演劇を中心に近代演劇における演劇創造の変遷について研究する。具体的には、ロシアを含む欧米および日本の状況を「演劇の近代化」の観点から総合的に検討する。
  2. 現代はグローバリズムの時代であり、多文化間の理解が不可欠な時代である。さらに、近年の地域紛争は、新たな越境者を大量に生んでいる。本研究は、そうした時代が直面する様々な問題を解決するためのヒントを得るために、過去におきた亡命や移民の問題を総合的に検証する。、亡命コミュニティが抱える様々な問題や多文化社会における文芸のあり方をより総合的に検証する。

 越境者および越境先の文化を専門とする複数の研究者が共同で資料収集及び検討を行い、従来使用言語の問題でなかなか利用が難しかった資料の掘り起こしを行う。

 

  

研究グループ名:
(英訳名)

伝統から創造へ

グループ長名:
(所属機関・部局・職)

福岡 正太
 人間文化研究機構国立民族学博物館・准教授

研究の趣旨:

 「伝統」は、共同体の中で生きる人間にアイデンティティの基礎として生きる指針を与えるものであると同時に、人々の足かせとなり新しい生き方を探る活動を否定する力ともなる。こうした「伝統」をめぐる葛藤は、芸術表現活動において先鋭的に現れてきた。この研究は、学術的見地から芸術諸分野における「伝統」のあり方を批判的に再検討するとともに、東南アジアの研究者との協働作業による芸能記録活動を通じて、「伝統」を資源化し創造的活用へとつなげていく活動の指針を構築することを目指している。
 現代世界の様々な社会において「伝統」が人びとの生活に対してもつ力を、そこに現れる政治性を含めて理解することは、多様な文化を前提としながら人類が共生していくために欠かすことができない。さらに、「伝統」についての学術的研究を、真に人類にとって意義あるものとするためには、多様な文化的背景をもつ人びとによる「伝統」をめぐる運動との往還の中で、常にその成果を鍛え上げていく必要がある。この研究の特長は、「伝統」概念の学術的検討成果を、東南アジアにおける伝統芸能の調査記録活動とそれを基にした文化の活性化運動にフィードバックしながら、批判的かつ建設的に「伝統」概念を再構築しようとするところにある。

  

研究領域 5
Project Number 5-2

プロジェクト研究名:
(英訳名)

日本の文化政策とミュージアムの未来

( Cultural Policies and Museums in Japan )

プロジェクト・リーダー名:
(所属機関・部局・職)

木下 直之
東京大学・大学院人文社会系研究科・教授

プロジェクト研究の趣旨・概要:

 現代の日本社会において芸術文化の重要性を指摘する声は多いが、その保護や育成に関して指針は無きに等しい。国家や行政がどこまでどのように関与すべきかについての共通理解が、国民の間に形成されていないからだ。とりわけ、戦後の地方自治体における文化政策と文化行政は手探りのうちに進行し、結果は地方自治の名に反して、右にならえの全国画一的な文化環境を生み出してきた。その中核を担う公立文化施設(図書館・アーカイブズ・美術館・博物館・音楽ホール・劇場・文化会館など)は、近年、民営化の流れの中にあり、経営の効率化を求められ、本来の使命を見失いつつある。長いスパンで見れば明治以来の近代国家が、短いスパンで見れば敗戦から立ち直った戦後社会が営々と築き上げてきた文化環境と文化資源を、このまま放棄するのではなく、再考し、再生させ、21世紀の日本に適応させることが求められている。

 本プロジェクト研究は、こうした現状を分析し、問題点を明らかにし、国や地方自治体ばかりでなく、広く市民社会に対しても、問題解決に向けた指針を提示することを目標とする。そのためには、歴史研究・制度研究・技術研究が不可欠と考える。加えて、それぞれの研究領域を日本国内と海外の双方に設定する必要がある。

 当面は、「都市政策の課題と芸術文化の役割に関する研究」と「ミュージアムの活用と未来―鑑賞行動の脱領域的研究」の2グループで研究をスタートさせる。前者は、文化政策の歴史研究や国際比較研究を重視し、芸術文化を支える文化施設の現状と課題、使命と可能性を探る。後者は、文化施設のうちミュージアムに研究対象を絞り、従来の博物館学ではほとんど研究されてこなかった受容の問題、すなわち鑑賞支援のあり方を多角的に検証する。美術館・博物館を含むミュージアムは日本全国に3000館を超えて存在し、戦後社会が築いた文化環境を象徴するような施設である。停滞する現状を放棄するのではなく、再生させなければならないと考えるがゆえに、ミュージアム問題に注目し、あえてプロジェクトのタイトルにも掲げた。第1グループは歴史研究・制度研究に重心を置き、第2グループは制度研究・技術研究に重心を置いているが、ミュージアムを手掛かりにすれば、相互乗り入れが可能となるはずだ。ミュージアムそれ自体は西欧近代の所産だが、19世紀後半以降、国民国家の形成とともに世界中に普及し、日本も疑いなくその影響下にある。今なお、国家や民族の歴史・文化・伝統を表象する装置として有効とみなされ、アジア・アフリカ世界で増加し続けている。鑑賞支援という技術的問題を論じることは、ミュージアムの歴史や制度、政治や経済との関係を論じることに通じるだろう。

 「都市政策の課題と芸術文化の役割に関する研究」グループは欧米諸国・アジア・アフリカの文化政策をそれぞれ比較研究することから始め、やがて、長い分権領邦国家の伝統を有するがゆえに日本の地方自治制度に有益と思われるドイツを中心とした政策研究班、アジア・アフリカにおける国家・社会と文化施設の制度研究班、近代日本の文化政策の歴史研究班の3班を自立させたいと考える。また、「ミュージアムの活用と未来―鑑賞行動の脱領域的研究」は、美術系ミュージアムを研究対象とする班、科学系ミュージアムを研究対象とする班でスタートし、随時、両班の融合フォーラムで成果を示す。さらに、両グループ合同の研究会、文化政策・行政担当者や文化施設関係者、さらにはアーティストを含むフォーラム、一般向けのシンポジウム、展覧会などを展開する予定である。

 

  

研究グループ名:
(英訳名)

都市政策の課題と芸術文化の役割に関する研究

グループ長名:
(所属機関・部局・職)

小林 真理
 東京大学・大学院人文社会系研究科・准教授

研究の趣旨:

 日本では先進的地方自治体において1970年代から文化行政への取り組みが見られ、その活動の中では地方自治体としての独自性を志向する新しい試みが見られた。しかしながら、1980年代以降は、地方自治の名に反して、右にならえの全国画一的な文化環境の整備という状況を生み出した。日本経済の悪化による地方自治体財政への影響は、文化環境整備の時に金科玉条のように唱えられた「モノの豊かさから心の豊かさへ」という文句を忘れたかのように、文化予算の削減をもたらした。

 それに歯止めをかけるかのように制定された2001年の文化芸術振興基本法であるが、芸術振興政策の必要が認識されながらも、施設整備をほぼ終えた地方自治体において、具体的にどのように芸術振興政策を行うべきかの政策目標や目的が明確ではない。さらに規制緩和、民営化は近年の行政を取り巻く大きな潮流であり、その中でこれまでの公立文化施設のあり方も過渡期を迎えているといえる。

 本研究は、これまでの日本における芸術文化政策の成果についての現状認識を行った上で、このような状況に対して、歴史研究、制度研究を通じて芸術の振興それ自体のあり方の多様性を模索するとともに、新たに他の都市政策の課題を解決する手段として認識されつつある芸術及び芸術施設の役割について、その妥当性について検討することを目的とするものである。このことにより、日本における芸術文化政策の今後のあり方に可能性を示すこととしたい。

 

  

研究グループ名:
(英訳名)

ミュージアムの活用と未来―鑑賞行動の脱領域的研究

グループ長名:
(所属機関・部局・職)

五十殿 利治
 筑波大学・大学院人間総合科学研究科・教授

研究の趣旨:

 現在、全国には三千を超えるミュージアム、すなわち博物館・美術館がある。知的なレジャーランド施設と位置づけられるなどして、とくに県市レベルの公立美術館はこの30年ほどの間に激増した。ところが、現在の各自治体の財政状況から、さまざまな見直しが求められており、とりわけ行政評価という形でミュージアムの存続が問われている。学会においては、今年5月に「美術館・博物館はなぜ必要か?」というシンポジウムを催すなど、こうした深刻な状況に対処しようとしている。

 現実には、ミュージアムを評価する手法は確立したとはいえない段階であるので、ミュージアムに科せられた本来の使命とはなにか、それとともにその使命の現在における妥当性、そして今後において必要な役割についての議論を固め、その上で目標を割り出して、評価がなされるべきである。

 「ミュージアムの活用と未来―鑑賞行動の脱領域的研究」においては、来館者へのサービスそのものである鑑賞の支援を研究主題とするものである。ミュージアムにおける鑑賞支援の最たるものとしては教育普及活動があるが、現在では多様に試みられている。だが、大多数が個別的なレベルでの実践と対応に留まり、各館の枠を超えた系統的な研究体制、全国規模の学会のような研鑽の場が確保されてはいない。

 そこで、本研究では、ミュージアムの利用を活性化するための鑑賞支援のあり方を多角的に検証するものである。その成果によって今後のミュージアム運営の指針も得ることが期待できる。

学術的意義については、本研究は、さまざまな分野への貢献が可能である。博物館学、美術史から教育学、社会学、さらには工学や情報デザインまで、多彩である。しかし、脱領域的研究の主眼においては、新たな鑑賞学あるいは受容美学の新領域の創成も期待できる。本来、ミュージアムにおける鑑賞支援については、博物館学に分類されるべき領域であるが、しかし、本研究で扱う鑑賞支援の問題は、社会的機能としてのミュージアムを包摂するもので、そうした学問の一フィールドに収まるものではないものである。

  

研究領域 5
Project Number 5-3

プロジェクト研究名:
(英訳名)

文学・芸術の社会的媒介機能

( Function of Literature and Art as Social Medium )

プロジェクト・リーダー名:
(所属機関・部局・職)

吉岡 洋
京都大学・文学研究科・教授

プロジェクト研究の趣旨・概要:

 テクノロジーの急速な発達と、それに伴って進行する社会・文化のグローバル化という状況の中で、文学や芸術が社会の中で持っていた機能は、かつてない大きな変動をこうむりつつある。中でも、それらが美的機能を通して個人や集団の間を媒介し共同体を形成する働きは、今日の情報環境の中では、これまでとはまったく違った仕方で作用し始めているように思われる。そうした変化は、社会現象としてジャーナリスティックな話題になることはあるものの、それについて学問的に研究する方法が確立しているとは言いがたい。現状の人文科学研究においては、文学や芸術をめぐる近代的な規範がいまだに支配的であり、新たな諸問題の適切な把握を阻んでいる側面があるからである。文学・芸術を現代のアクチュアルな状況の中で考えるためには、人文科学的な知の再編成が必要とされているのである。

 本プロジェクトでは、人文科学がこれまで蓄積してきた知の方法を有効に継承しつつ、そうした知の再編成に向けた組織的研究を行う。そして古い概念的枠組みや個人研究の閉塞性を乗り越えるために、さまざまな分野による協同を通じて、文学・芸術の社会的媒介機能についての研究を企てるものである。そうした研究は、加速的に変貌する社会状況の中で、一見混沌としているかにみえる現代の文化状況の中に、再び人文科学的な知の可能性、すなわち言語による認識の力を取り戻すものである。このことは現代社会にとって急務であるばかりではなく、21世紀の新たな人文科学の方法論を形成してゆく上で、きわめて重要な試みであるといえるだろう。

 本プロジェクトは「文学・芸術の社会的統合機能」と「芸術とコミュニケーション」の二つの研究グループから構成される。前者においては、まず近代社会の枠組みの中で文学や芸術がどのように共同体を統合する役割を果たしてきたかが研究され、そのようにして近代的な枠組みというものをはっきりと概念的に把握することを通じて、現在起こっている変化を正確に見定めようとする。と同時に、現在情報メディア環境の中で文学・芸術に生じている変化に着目し、それを学問的に記述・分析する方法を探究する。また。後者のグループにおいては、より具体的な局面におけるコミュニケーションの側面に着目し、広い意味での福祉という観点、子供による芸術の解釈などについて、シンポジウムやワークショップなどの実践的な活動を通じた研究が行われる。これら両グループの間では、研究のための枠組み、方法論、問題設定が交換される。また実践的な経験からの理論へのフィードバックが常に行われることが、本プロジェクトの根幹をなすものであるといえる。

 近代的な国民国家という枠組みが解体しつつある現在においても、文学・芸術が共同体を形成する媒介的な機能はけっして失われたわけではなく、新たな仕方で作動しているのだとわれわれは考える。そうした機能が一見失われたようにみえるのは、媒介の新たな機序を見る方法を、人文科学がまだ発見していないということを意味する。本プロジェクトの目的はそれを発見し、学問が現代的な問題とアクチュアルな仕方で関わりあう方法と立場とを発展させてゆくことである。

 

  

研究グループ名:
(英訳名)

文学・芸術の社会統合的機能の研究

グループ長名:
(所属機関・部局・職)

山田 広昭
 東京大学・大学院総合文化研究科・教授

研究の趣旨:

 芸術はつねに一定の規模をこえた人間の集団を何らかの意味で一つの単位へと結集させるのに大きな役割を果たしてきたが、こうした社会的媒介機能は近代社会においてとりわけ重大な政治的意味を持つことになった。それは、近代のもっとも重要な政治的単位が国民(ネーション)であったことに起因する。国民は王朝や宗教や経済的共同体に還元することはできず、それゆえにそれら既存の共同性を超えて成員同士を結び付ける紐帯を必要としている。多くの場合、それは芸術的、すなわち美的感性の共通性に求められた。その特権的対象が言語芸術(文学)だったことは、国民国家の成立がほぼつねに「国民文学」の創出をともなったことに容易に見て取れる。それに呼応するように、近代の人文科学研究はこうした「国民文学」「国民文化」に対応する形で編成されてきた。

 しかし、こうした文学や芸術の機能は20世紀以降、新たな技術的手段による新たな芸術(例えば映画)の誕生や、何よりも、国民国家の境界をほとんど無化せんとする伝達テクノロジーの飛躍的発展(その典型をインターネットに見ることができる)と、資本のやはり世界規模での展開による芸術の生産と流通、消費(享受)システムの変動とによって、大きな変貌をとげている。

 本研究の目的は、したがって第一に、近代の国民国家形成プロセスにおいて、分断された個人を媒介しそれを美的・感性的次元で新たな共同性へと統合してきた文学や芸術の作用原理がどのようなものであったかを正確に洗い直すことであり、第二に、現代社会に見られる変化がグローバリゼーションと呼ばれる現象の進行に単に寄り添うだけのものであるのか、それともそこから芸術を通じての新たな共同性、公共性の形を構想することを許すものであるのかを検討し、それを社会に向けて発信していくことにある。

 

  

研究グループ名:
(英訳名)

芸術とコミュニケーションに関する実践的研究

グループ長名:
(所属機関・部局・職)

藤田 治彦
 大阪大学・大学院文学研究科・教授

研究の趣旨:

 情報技術が表層的な意味でのコミュニケーションを容易にする一方で、人間のコミュニケーション能力は著しく低下している。換言すれば、それは自己表現能力の低下であり、物質的繁栄の陰で進行する社会生活の内実の弱体化は極めて重大な問題である。日常生活においてはもちろん、教育や文化的活動においても、現代社会を支配する技術主導の考え方は、人間が本来もつ柔軟な表現、伝達、相互扶助の能力を損なっている。

 本研究は芸術のコミュニケーション力や、地域社会および国際社会における芸術の媒介機能に注目し、それらの実践的発展をめざす、芸術とコミュニケーションに関する実践的研究である。近代芸術および近代芸術批評には、芸術家の孤独な探究や自己表現の追究を尊重するモダニズムの理念があった。そのような近代的な芸術理念においては必ずしも重視されなかった芸術の側面として、「幸福」、「健康」、「癒し」といった、広義の「福祉」的な側面に注目し、芸術を見直す。また、次代を担う子どもたちや若者たちによる芸術・文化の発信に注目し、その促進を試みる。本研究では、文学、造形芸術、演劇、音楽などさまざまな芸術分野に関わる研究者、芸術家、関係者を招いた研究集会等の開催を通じて、研究それ自体が実践的なコミュニケーション活動として行われる。また、それらを通じて、実践的な研究とは何かについてのモデルを構築することが計画されている。文学や芸術諸学そして教育学の研究者による共同研究により、文字言語と視覚言語、音言語、身体言語との関係について、そして、それらの各種言語を適切に活用した教育や文化活動についての新たな知見がえられるであろう。